第331話 秋の文化イベント(十五)昼の部を終えて夜の部へ

 舞台を降りてきた彼らに、また、すみれと優一、美織みおりが声を掛ける。

「凄いじゃない」

「いえ」

 謙遜する一美かずみに、

「すごいなあ。私にはできないよ」

 と美織みおりが言う。

「いや、いや、美織さんはできなくていいですよ」

 という一美の言葉に、笑いが広がった。話をする中で、彼らはこの市内のイベント参加のみで来週の県西部で開催されるイベントには参加しないということだった。

 花村バレエと山野バレエがそのイベントでも踊ると言うと、ストリートダンスグループのメンバー全員が、また観に行くと言ってくれた。

 そして再来週には、リーダーの多岐川一美たきがわかずみが、一度、花村バレエを訪ねてくるという話になった。真理子もストリートダンスを踊る一美を見た時は驚いた顔をしていたが、彼がバレエをしていたこともよく知っていたので「是非、稽古場に来て」と声を掛けた。

 瑞希みずきが微笑みながら、

「稽古場に来たら『放蕩息子ほうとうむすこ』を踊ってよ」

 と言うと、一美が微笑みながら、振りの一部を踊って見せた。優一が目を丸くして、

「え、多岐川君、それ踊れるの? 凄いじゃん」

「踊れるん?」

 と真美も驚いた表情で一美を見る。

「いや、ここだけだよ」

「へえ」と言う真美。

「ここカッコいいじゃん」

 と微笑む一美に優一が、

「ハハ、大事なことだ」

 と言うと、真美が、

「そこの振り『放蕩息子』が言うこと聞かずに反抗して家出て行くとこやろ。折角、招いてもらっとんのに、また、出て行くんかい」

 と言うと皆に笑いが広がる。


 ゆいと真由、知里が一美たちストリートダンスのメンバーを珍しそうに見上げる。一美と女性ダンサーが唯たちを見て「かわいい」というと、唯たちも嬉しそうに微笑みながら、彼女たちの踊ったロックダンスのマネをして見せた。

 もう一度、大きな笑いが広がり、一旦、その場は解散した。


◇◇◇◇◇◇


 舞台では弦楽四重奏というのだろうか、バイオリン二人とビオラ、チェロの四人のグループが聴いたことのあるアニメソングを演奏し始めた。唯や真由、知里たちキッズクラスの生徒が大喜びで手拍子をする。舞台で演奏していた四人がキッズクラスの子どもたちに微笑みながら演奏する。

 その後も、パントマイムやジャグリングなど、いろいろなパフォーマンスが演じられていた。


◇◇◇◇◇◇


 その晩、六時から夜の部が始まった。夜の部は昼の部の盛り上がりで、観客が観客を呼び、更に会場はヒートアップした。公園を埋め尽くすように観客がひしめいた。

舞台も大きく盛り上がり、花村バレエ、山野バレエも昼の部と同様に最高の踊りを見せた。


 特に、この夜の部では夜の闇に青白い幻想的な照明。真っ白なクラシックチュチュに白のヴェール。三十二人のコール・ド・バレエ(群舞)で演じられた山野バレエの『ラ・バヤデール』の美しさは会場全体を幽玄の美に包んだ。


 また、瑞希と優一は、この夜の部の舞台。夜の帳が下りた中で照明を向けられた舞台が、国際コンクールの舞台のリハーサルにいなると気持ちを集中させて臨んだ。その踊りは昼の舞台にも増して最高の出来だった。

 すみれと美織も二人の踊りを素晴らしい出来だったと褒めた。園香や真美たちの目にも最高の踊りと思えた。


 市内の文化イベントは花村バレエ、山野バレエにとって大成功だった。


 そして、翌週の県西部で行われた文化イベントでも大成功をおさめ、ここでも県西部を拠点にしたバレエ教室や、そのイベントに参加していた団体が花村バレエの公演を観に来てくれると言ってくれた。

 二週に渡って参加した地域の文化イベントは花村バレエの参加者や手伝い、応援に来てくれた皆にとって、少しの間、記念公演を忘れて楽しく参加できたイベントだった。


 束の間のイベントであったが、ここで得られたものは、公演を観に来てくれると言ってくれた、たくさんの人たちへの宣伝効果だけではなく、すみれや美織、瑞希や優一たちと改めて、親睦を深められたと思えた。

 園香は東京、関西に行った頃から真美とは仲が良かったと思っていたが、いよいよ彼女のことが親友と思える存在になっていた。

 キッズクラスの子どもたち、佐和や玲子、理央りおこころかつらいつきひかるたち男子も、また出演者ばかりでなく応援に来てくれた大人クラスの人たちとも、皆、改めて何か強い絆の様なもので繋がった気がした。

 この一体感は真理子やあやめも強く感じた。

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