第325話 秋の文化イベント(九)『ドン・キホーテ』の前に

 ステージでは司会者の男性と女性が話で繋いでくれている。この間に美織みおりと優一はそれぞれ『キャンディ』のジゴーニュおばさんと『あし笛』の衣装からドルシネアとバジルの衣装に着替える。優一は第一幕の『バジルとキトリの友人』も第三幕のグラン・パ・ド・ドゥも同じ衣装で踊る。

 全員準備が整った。すみれと美織が理央りおに「頑張ってね」「いつも通り」と声を掛ける。理央も緊張していない様子で微笑み返す。


 舞台袖ぶたいそでに次の出番のストリートダンスのチームがやって来た。リーダーのドレッドヘアでピアスの男性が、すみれや美織、優一に挨拶する。

「お久し振りです」

「お久し振り。多岐川たきがわ君」

 すみれが微笑む。

「その節はいろいろとお世話になったうえ、ご迷惑までお掛けしてしまい、本当にすみませんでした」

 見かけによらず丁寧な口振りの男性に園香そのかは少し驚いた。

 すみれが首を振りながら、

「いえいえ、ストリートダンスをやってるの……器用な人ね。なんで高知にいるの?」

「バレエをやめて学生をしてるんです」

「ええ、大学生?」

「はい」

「頭もいいのね。噂には聞いてたけど」

 すみれが園香と真美、美和子と香保子かほこの方を向いて微笑む。地元の同じ大学に通うメンバーだ。

「知ってた? 彼が大学にいるの」

 首を振る四人。真美が、

「あんた、どこの学部におるん?」

 と聞くと、

「え! 鹿島真美さん? コンクール出てた鹿島さんだよね。なんでここにいるの?」

 彼も真美のことを知っていた。先程、山野バレエの『バヤデルカ』が終わったとき、少し話した中で、真美が彼のことを知っていたのは分かっていたが、彼の方も真美のことを知っていた。

「私も今、学生で、バレエは、一旦やめて、また、やっとんねん。なんかめんどくさいけど、つまり、そういうことや」

「何かよくわからないけど。そうなんだ」

「一緒のキャンパスにおるん?」

「僕は医学部だね」

「めちゃ頭いいやん。え? どういうこと? このストリートダンスのチームみんな医学部かい、このやんちゃな感じのみんな」

「いや、全員じゃないけど」

「ふうん」

 話を聞いていたすみれが、

「今はちょっと時間がないけど、また、日を改めて花村バレエに来ない? 話したいこともあるし」

 多岐川は申し訳なさそうな表情で、

「いいんですか? 稽古場に行っても、まあ、青山青葉あおやまあおばバレエ団の神様といわれたすみれさんに呼ばれたら断れませんけど」

「青山青葉バレエ団の入団は断ったけどね」

「すみません」

「まあ、医学部にいるって話だと、あの時言ってた、お家の事情というのは本当らしいわね」

 すみれの言葉に繋げる様に、横から瑞希みずきが言葉をはさむ、

「あなた、この世界で、すみれさんの言葉にそむいたら、バレエの世界に戻って来れなくなるわよ」

 パシッと、すみれが瑞希の頭をはたく。そして、すみれが微笑みながら、

「まあ、いつでも訪ねてきてよ。稽古場の場所は知ってるでしょう」

「はい、伺います。舞台、ここで観させて頂きますね。優一さん、ソロルすごかったですね」

「ありがとう。でもコールドも素晴らしかっただろ」

 優一が微笑む。

「ええ、あのバレエ教室、よくあの人数がそろえられたなと驚きました」

「本当だよね」

 横から真美が、

「私はあんたの髪に驚いたわ」

 と言い、皆に微笑みが広がった。

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