第318話 秋の文化イベント(二)山野美佐子とすみれ

 昼、一時過ぎ、いよいよ市の文化イベントとして市内中心にある公園でステージが始まろうとしていた。ステージには司会進行を務める男性と女性の司会者が準備している。

 山野バレエの生徒たちも花村バレエの生徒たちも準備が整った。


 舞台袖ぶたいそでで山野バレエの主催者である美佐子が不安そうに生徒たちを見ている。そんな美佐子のところに、すみれがやって来た。


「山野先生」

「あ、すみれさん。今回は無理を言ってすみません」

「え?」

「優一さんのこと」

「ああ、恵梨香えりかちゃんの前に優一のソロのヴァリエーションを入れる件ですね。大丈夫ですよ。曲も優一のヴァリエーションを入れたもので準備してますから、生徒さんには言ってあるんですか?」

「いえ、それが、実はサプライズということで」

「ええ、出演者がサプライズで、動揺しませんか?」

「大丈夫です」

 すみれと美佐子が微笑む。


 すみれが言葉を改めるように美佐子に話し掛ける。

「先生、よく、これだけの人数の生徒さんを『バヤデルカ』のコールド(群舞)が踊れるまでに育てられましたね」

「いえ、これだけの人数がそろうのは偶然というところもあるんです。小さい頃からバレエを習っていても、いろんな事情でやめていく子もいます。小学生高学年から高校生までの生徒で、このコールド(群舞)が踊れるレベルのダンサーが三十二人そろったのは教室を開いてから今までで初めてのことなんです。この年齢の生徒が三十二人そろわなかったり、三十二人以上いても、なかなか全員が一つの作品のコールドをそろえるレベルに達していなかったり……」

「すごいですよ。コンクールで入賞する子を一人育てるよりも、三十二人のコールド(群舞)ダンサーを育てるというのは並大抵のことじゃない」

「すみれさんなんかのところでは当たり前のことでしょう。コールドがいつでもいることが」

「バレエ団は、そこそこ歴史も長いですし、長年の宣伝効果もあるから、看板を掲げていたら都内だけじゃなく関東圏、全国からも集まってくるんです。大人の踊れるダンサーが……それも、都内の個人のバレエ教室や地方の教室の踊れるダンサーがいなくなる原因かもしれないけど……各地の先生方が手塩にかけて育てたダンサーを、いいとこ取りしてるみたいで申し訳ないです」

「いえ、私たちも、教え子たちが、そういう名門バレエ団で活躍できるのは嬉しいことです。それも教室の宣伝になるし」


 すみれが微笑みながら山野を見つめる。

「山野先生、本番は客席で観てあげてください。一番綺麗に見えるところで。舞台袖ぶたいそでの幕の間からじゃなく、皆の踊りが全部綺麗に見えるところで。詩保先生も」

「でも、うちの生徒ですから」

「うちの生徒だから、全部、観てあげてください。ここは私たちに任せて。私も美織みおり瑞希みずきも優一も舞台経験は豊富です。本番中、どんなアクシデントが起こっても対応できます」

 山野美佐子と詩保がすみれたちを見つめる。美織、瑞希、優一が頷く。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きます」

 美佐子と詩保が深々と頭を下げた。


「山野先生、このメンバーで『バヤデルカ』の全幕ができるといいですね」

 客席に向かう二人に、すみれが声を掛けた。


 美佐子と詩保が振り返る。

 すみれ、美織、優一と瑞希が、もう一度、二人に微笑んで頷いた。

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