第170話 すみれの振りうつし キャンディ(二)

「どう、できそう?」

 すみれが優しく真由に聞く。真由が頷く。


 もう一度、曲を使わず、すみれと振りをさらう。



「じゃあ、真由ちゃん。一人だけでやってみようか。私は合図もしないから一人だけでやってみよう」

「はい」

 すみれが振りをうつし始めて、わずかに二十分足らずだ。見ている生徒や見学席のお母さんたちも緊張する。真由のお母さんも佐和と理央りおも妹の稽古を緊張して見ている。


「それじゃあ、真由ちゃん。お願いします」

 すみれは稽古場の鏡の前に立ち、少し下を向くようにしている。稽古場に曲が流れ始める。

 張り詰める空気のなか、曲だけが流れる。真由が自分で音を数える。

 緊張の中……

 真由はピッタリ音通りに踊り始めた。すみれが頷く。


 真由は自信を持って踊り始めた。元気いっぱい笑顔で踊る。キャンディの踊りは楽しく、可愛らしい踊りという、すみれが伝えたイメージをきちんと表現している。

 最後まで一人で間違えることなく踊り切った。



 すみれが真由のところに行き、優しく抱きしめて言った。

「よくできました。上手だったよ」

 稽古場が拍手に包まれた。園香そのかも真美も泣いてしまった。


 それにしても、なんという技術なのだろう。こんな小さな真由を、ほんのわずかな時間で、たった一人で生徒や見学のお母さんたち全員の前で、自信を持って踊らせるように振りうつしをする。

 客席のお母さんたちも、優しさに溢れる指導と、信じられないほどの指導力に驚いた。真由のお母さんが、すみれのもとに駆け寄り深々と頭を下げた。

「真由ちゃん上手ですよ」

 そう言って、すみれは微笑んだ。


 すみれがキッズクラスの生徒たちに言う。

「じゃあ、一回、みんなで『キャンディ』踊ろうか」

「はーい」「はーい」はーい」

 生徒たちが手をあげて返事をする。すみれが美織みおりに微笑む。

「じゃあ、美織さん、もう一回、ジゴーニュおばさん、お願い」

「はい」


 キッズクラスの生徒たちが元気よく『キャンディボンボン』の踊りを踊る。元気いっぱいに可愛らしく踊る。

 踊り終わった生徒たちに、すみれは優しく微笑みかけ、

「よくできています。これからも見ていくから、みんな頑張ってね」

「はーい」「はーい」「はーい」

 みんな満面の笑みで、すみれにの周りに集まってくる。真由もゆいや他の生徒と微笑みながら話をしている。


 すみれが北村に微笑む。

「キャンディ、よくできてますよ。真由ちゃんも、もう大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」

 すみれは北村に微笑み。その後少し北村と話をしていた。


 わずかニ十分ほどで、ほとんど踊れてなかった真由を他の生徒と同じレベルまで引き上げた。北村ばかりでなく、園香も真美も驚いた。


 すみれが近くに駆け寄ってきた唯と真由に優しく話しかける。

「ところで、キッズクラスで一番小さいのは三歳の唯ちゃんと聞いていたけど、真由ちゃんは、いくつなの?」

「四歳です。もうすぐ五歳になるの」

「そうなの」

 すみれが微笑むと、真由の隣にいた唯が、

「真由ちゃんは、唯より一つお姉さんなの。唯も、もうすぐ四歳になるの。お姉さんになるの」

 と言う。

 教室の皆に温かい微笑みが広がった。

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