第171話 土曜日ひとときの休憩

 キッズクラスのレッスンが終わり、次は小学生高学年以上、大人クラスまでのオープンクラスだ。

 園香そのか、真美、奈々の三人の大学生。クララ役の由奈ゆな、今回、久し振りにレッスンに参加する佐和、その妹の理央りお。男子たち、千春たち大人クラスの生徒たちが参加する。

 キッズクラスの生徒とお母さんたちは、まったく帰る様子がなく見学席で見ている。

 次のレッスンは美織みおり瑞希みずき、優一が参加する。そして、何より、すみれが参加する。


 稽古場の端の方で、すみれと美織が話をしながらストレッチをしている。園香と真美、瑞希もそばでストレッチをしている。

 周りで見ている誰もが、その姿に見入っている。すみれ、美織と瑞希はいつものようにストレッチをしているのだろうが、その柔軟性が尋常ではない。


 すみれと美織が話しながらストレッチをする。園香も真美もよく、すみれと美織が話しているのは見かけるが、一体、何を話しているのだろうと日頃から気になっていた。今日はその二人のすぐそばでストレッチができる。


「ねえ、美織、女性の踊りでジャンプして空中で『音』を取るのってどう思う?」

「バレエフェスティバルのときのクラフトでしょう」

「そうそう」

 すみれが微笑みながら頷く。

「私、その後『ライモンダ』だったんで優一と舞台袖ぶたいそでで見てたんですよ。で、優一も『え、今なにしたの』って驚いたんだよね」

「うん、僕たちの後で『火の鳥』踊るルエルも一緒にそでにいたんだけど『え!』って顔したよね。まあ、ザンレールやパッセトゥールみたいな空中でのターンとか、あと空中で足を打つカブリオールとか、空中で『音』を取るテクニックはあるけど、あれってテクニック自体が『音』を取るようなテクニックじゃない。クラフトのやったのは空中で一つ『パ』を入れてる感じだったもんね」

「すみれさんもなまで見てました?」

「見た。テレホワと一緒にそでで見てた。テレホワも同じだよ『はあ?』って表情して『今何したの?』って言った」

「ああいうのテレホワ嫌いそう。でも、すごいと思いましたよ」

 微笑む美織。

 バレエフェスティバルの舞台裏の話だ。


「私、国際コンクール『スワニルダ』やろうかな」

 と呟く瑞希に、すみれが微笑みながら睨むようにして、

「やらなくていい。絶対これから、しばらくコンクールで、あれやる子いるよ」

「ほんと、絶対いる。意外な振り付けだけど、それほど難しくない『それ、よく思い付きましたね』って感じだもん。だから、あれを真似してもねえ……正統派でいこうよ。正統派だけど人が真似できないようなやつ」

 と美織が言う。

「……」

 瑞希が考える様な表情をする。

「だから、ストレッチと筋トレするのよ。瑞希。園香ちゃんと真美ちゃんも」

 美織が微笑む。

「は、はい」

 園香が足を前後に開脚するストレッチをしていると、すみれが来て前に伸ばしている足を両手で持って上げようとする。

「痛たたた」

「大袈裟ねえ」

 すみれが同じように足を前後に開脚し前に伸ばした足を、見学者用の椅子に座面(座る部分)に乗せる。驚異的な柔軟性に生徒たちばかりでなく、見学席のお母さんたちからも感嘆の声が上がる。


 次の瞬間、キッズクラスの小さなゆいが、

「私も」

 と言って走って来て、すみれの隣にちょこんと座り、前後に足をまっすぐ伸ばして開脚した。そして、前の足を同じ椅子の座面に乗せて微笑んだ。

 教室が静まり返った。唯はすみれより体が遥かに小さい。足の角度はすみれ以上ほとんど二百七十度くらいの開脚だ。


「すごいわね。唯ちゃん」

 すみれも驚く。

「いいよ。唯ちゃん。でも、怪我しないでね」

 頷く唯。美織も隣で同じことをやって見せる。

「唯ちゃん小さいから関節がやわらかいとはいえ、すごいね」

 すみれが感心して唯の頭を撫でる。

 他のキッズクラスの子も、小学生たちも真似しようとするが結局できなかった。辛うじてできたのは瑞希と優一。男性の優一ができるというのも意表を突いたが、唯の条件の良さがまた一つわかった。

 園香と真美はとてもできないという表情だった。真美の近くで頑張ってやろうとしていた佐和もできなかった。

 それを見て微笑みながら真美が佐和に言う、

「前に東京で初めて佐和ちゃんと話したとき言ったけど、瑞希さんと私って、こういうところでも、こんなに差があるんだから、佐和ちゃんも、この人たちに近付けるように頑張りなさい」

 佐和は、すみれや瑞希たちの身体能力に驚きながら「わかりました」と頷いた。


――――――

〇パ

バレエの踊り、ステップなど、一つの基本動作。移動する動き、跳躍、回転、その他さまざまなバレエの踊り、動き、ステップを『パ』と表現する。

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