第80話 バレエフェスティバル 『ライモンダ』衣装付きリハーサル

『海賊』の踊りを終えてライモンダの衣装に着替えてきた美織みおり園香そのかの前に座る。


 ライモンダの衣装。

 美織みおりの衣装は白地の金色の繊細な刺繍ししゅう。一見、遠目には大きな模様が描かれているように見えるが。この衣装もまた近くで見ると、とてつもなく繊細な刺繍がなされている。白地の衣装に白の糸で細やかに描かれた刺繍。その上に金色のブレードとビーズ。細かく美しい石が散りばめられている。その装飾が大きな模様に見える。チュチュのスカートにも同じ色調であしらわれた美しい模様が描かれている。

 先程の『海賊』の衣装とはまったく違い、一つ一つの装飾がはっきりした感じだ。

 一般的にバレエ『ライモンダ』は女性も男性も衣装の『そで』に特徴がある。肩からひじのあたりにかけて、ゆったり、ひらめく大きめのそで。ヴァリエーションや演出、ダンサーによって様々である。

 美織みおりがこのグラン・パ・ド・ドゥで着る衣装の袖はそういうものではなく、腕に巻く五センチ幅くらいの腕輪のような白地のそでに美しい金色の刺繍がほどこされている。なんとも上品で美しいものだ。


 瑞希みずきはまた手際よく衣装の背中を縫っていく……速い。園香そのかがヘアピンを持って美織の前で見ていると、あっという間に美織の衣装を縫って優一のところに行く。


「どう?」

 優一の言葉に、瑞希が袖や背中を確認し、

「優一さんも背中簡単に縫っときますね」

と言い手早く縫った。

「はいオッケー」

「どう?」

「なにが? 由香さんの作った衣装、いいに決まってるでしょう」

「ありがとう」

「いや、別に優一さんを褒めた訳じゃないんだけど……」


 美織がティアラを付ける。先程の『海賊』のものより複雑で豪華という感じがする。サイドの部分も細やかな飾りが華やかだ。


 準備が終わり早速リハーサルに入る。少しサポートを確認した後すぐに曲で踊る準備にかかる。

 この『ライモンダ』のグラン・パ・ド・ドゥと次に踊る『エスメラルダ』のグラン・パ・ド・ドゥ。それらの踊りはそれほど頻繁に見れるものではなかった。

 見学にきている市内の他のバレエスタジオの先生たちですら、この二曲のグランを完全な形で生で見たことがある者はあまりいなかった。

 そして、今から踊るのは世界レベルのダンサーである。見学席にいる全員が緊張した面持おももちで見ている。

 音出おとだしをしている北村に美織が合図を送る。


バレエ『ライモンダ』よりグラン・パ・ド・ドゥ

京野美織きょうのみおり 久宝優一くぼうゆういち


アントレ・アダージオ

 華やかな曲で登場してくる二人。

アダージオ。曲が一転して哀愁漂う美しい曲に変わる。一つ一つの踊りが丁寧で美しい。曲の中でポーズを取るとき、男性も女性も片手を腰に片手を頭の後ろに手首をらせるようにするポーズが特徴である。


 足の使い方としても特徴的な踊りがある。両つま先をつけたまま両踵りょうかかとを上げ、少しひざを曲げて両方のかかとを外の開く。そして、かかとを打ち鳴らすように両踵りょうかかとを閉じる。ハンガリーの民族舞踊の特徴的な踊りだ。

 実際のハンガリーの民族舞踊はもっとフォークダンス的に踊られているのかもしれないが、バレエ作品の中では、この手の動きと足の使い方を合わせ。踵を打ち鳴らす前にやや顔を下に向け、かかとを打ち鳴らすのに合わせて、顔を上げ胸を張る様にする。その時同時に先程の腕の使い方、片方を腰に、もう一方の腕を頭の後ろというポーズを取る。

 これはバレエ『白鳥の湖』のハンガリーの踊り(チャルダッシュ)や『コッペリア』のチャルダッシュでも見られる踊りだ。


 美織の踊りには気品がある。美しい……園香だけでなく、見学席で見ている全員が息をするのも忘れているかのように見入っている。


男性ヴァリエーション

 優一の踊りは丁寧で正確。一つ一つのジャンプが高く美しい。ターンも回転数より美しさを見せるという感じだ。


女性ヴァリエーション

 静かで哀愁漂う曲。このヴァリエーションは美織の柔軟性と美しい体の使い方。所作しょさの美しさがあってこそとてつもない魅力を放つ。

 おそらく、あらゆるバレエ作品の中で、主役が最後の見せ場で踊る踊りとしては、曲も踊りも最も静かなヴァリエーションではないだろうか……

 この静かで、どこという華やかなテクニックもないように見える踊りを、美織は完全に身体能力の高さでせてくる。

 園香ばかりではない誰もが思う……今すぐでも振りを覚えて踊れる。きっと小学生の生徒でも、今すぐ覚えられるし、すべての振りが通りそうだ。

 しかし、この踊りを何百人という観客の前で、観客をきつけて踊るなど、一生バレエをやってもできそうにない……

 今、ここに居合わせる見学客全員が我を忘れるかのように美織にきつけられている。

 踊り終わって、稽古場全体が大きな拍手に包まれた。


コーダ

 哀愁を含んだ曲ではあるが、ここまでの曲と違いテンポがよく、どこかスピード感のある曲。まさにこのグラン・パ・ド・ドゥを飾る最後の曲という感じだ。

 民族調の曲が華やかに盛り上がる。民族舞踊の要素を多く含んだ踊りは見る者を楽しませる。

 ここでも二人の息の合った踊りは、ただ二人がそろっている美しさというばかりでなく、随所に驚異的なテクニックで二人がそろえてくる。

 速いステップ、高いジャンプ、柔軟性、複雑な民族舞踊のテクニック……それらが寸分の狂いもなくピタッとそろっている。見る者を驚愕させる踊りが目の前で繰り広げられる。

 これが『ライモンダ』なのかと初めて思い知らされた感覚だ。

 踊り終わり歓声にも近い声と拍手が渦巻いた。


 見学席の先生方も誰も指摘するところなく。この踊りも三回……見に来た全員の見学客を驚愕と感動の渦に巻き込んだ。

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