第62話 くるみ割り人形 第二幕(七)終曲のワルツ

第二幕

終曲しゅうきょくのワルツ

出演者・全員


 この踊りも全員が出演することになる。正確にはクララ役の由奈ゆなを除く全員だ。

『花のワルツ』には由奈ゆなもワルツ組として出演する。しかし『花のワルツ』の後、金平糖の精と王子がグラン・パ・ド・ドゥを踊っている間に、由奈はクララの衣装に着替える。

 そして『終曲しゅうきょくのワルツ』の後の最後の場面に備える。


 とおるが場面を説明する。

「先程の『花のワルツ』のあと、金平糖の精と王子のグラン・パ・ド・ドゥがあります。園香そのかちゃんと恵人けいと君が踊るのを全員が舞台の周りを囲むように座って見守ります」


『花のワルツ』の最後のポーズからディベルティスマンのチョコレート(スペインの踊り)、コーヒー(アラビアの踊り)、お茶(中国の踊り)、トレパック(ロシアの踊り)、あし笛(フランスの踊り)を踊るダンサーは舞台後ろに並ぶように座る。

 ワルツ組のダンサーはキャンディの子供たちを間に入れる様にして舞台の左右両そでに分かれて舞台の横に座る。


『金平糖の精』の園香そのかと『王子』恵人けいとの二人の主役は、今回の全幕バレエ作品の中で出演者全員が舞台上で見守るなかグラン・パ・ド・ドゥを踊る。

 まさにプリンシパルにしか許されないシチュエーション。

 全幕バレエでは、このグラン・パ・ド・ドゥのために、ここまですべての物語、踊り、演技、演出があったと言っても過言ではない。


◇◇◇◇◇◇


 指揮者の恵那えなが言った……


 主役を演じる者は、全幕バレエを踊る中で、すべての出演者、スタッフが自分たち主役のためだけに、この舞台を創っていると感じることがある……


 園香は思った。今回の出演者全員が私たち二人を、舞台の周りで見守っている……出演者全員が舞台のそでなどではなく舞台上でだ。

 作品のストーリーもそうだが、この踊りは出演者、スタッフ、お客さん……この日ホールにいるすべての人が自分たち二人のためにここに集まったかのように感じる。


 出演者、スタッフ、お客さん、すべての人の視線を集めてこの踊りが始まる。


 震えるほどの緊張感と重圧を感じる。自信を失いそうな表情になる園香。そんな彼女に隣から恵人が小さな声で言う。

「いつもだよ」

「え?」

「プリンシパルは……いつもこの重圧の中で主役の踊りを踊るんだ。美織みおりさんも優一さんも、古都ことさんだって……」

 美織みおり古都ことを見る園香。


「不安?」

と聞く恵人。頷く園香。


 恵人が園香の肩を叩いて、

「大丈夫だよ。これから先、本番まで、その不安が吹っ飛ぶくらい……壮絶な練習が続くから……」

 冗談交じりに微笑む恵人。

 しかし、ほんの少し緊張がほぐれた気がした。


◇◇◇◇◇◇


 とおるが説明を続ける。終曲しゅうきょくのワルツだ。


「園香ちゃんと恵人がグラン・パ・ド・ドゥを踊ったあと、一旦、二人は舞台をハケる。その後、曲が始まってワルツ組が踊り始める。そして、美織ちゃん、古都ちゃんたちの踊り。その後、管楽器の音色でディベルティスマンのダンサーが続く。スペインの踊り、アラビアの踊り……チェレスターの音色で中国の踊り、トレパックからあし笛まで、次の曲の盛り上がりでキャンディが入ります。そこからワルツとディベルティスマンが全員入り、センターに園香ちゃんと恵人が入って全員でポーズ……曲が終わる」


 全員が集中してとおるの説明を聞く。ここでまた『花のワルツ』のときのように全員が踊るのだ。


 頷くようにして徹が続ける。


「この踊りが終わった後、一旦舞台は暗転あんてんします。そして暗転あんてんの間に全員舞台からハケます。そのあと曲は第二幕が始まったときの最初のメロディ……同じ曲が流れます」


 とおる由奈ゆなの方に目を向けてやさしく語るように言う。


「ここでクララの由奈ゆなちゃんが一人舞台の真ん中で眠っている場面になります。舞台が明るくなります……窓から朝日が差して部屋が明るくなる。舞台はシュタールバウムの屋敷の広間です……ドロッセルマイヤーおじさんが直してくれた『くるみ割り人形』を胸に抱いて眠っていたクララ由奈ゆなちゃんが目を覚まします……そして、曲のクライマックス……舞台の中央で由奈ゆなちゃんが『くるみ割り人形』を抱きしめる様にして……幕が下りる……」


 とおるが全員を見渡し、もう一度、由奈ゆなに視線を向ける。


由奈ゆなちゃん……最後は、君が一人で……この作品を終わらせるんだ」


 出演者、スタッフ全員の視線が由奈ゆなに集まった。

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