第55話 心休まぬ休息に

 生徒たちも全員帰って来たようだ。各自ストレッチを始める。喫茶エトワールにいていた青山青葉あおやまあおばバレエの人たちも帰って来た。花村真理子と青山青葉あおやまあおばが指揮者の恵那えなと話をしながら教室に入ってくる。


 とおるげん古都こと美織みおり瑞希みずきを呼んだ。午後からの段取りを話しているようだ。


 恵人けいとがストレッチをしながら園香そのかに話しかける。

「七月のバレエフェスティバル見に来るの?」

「うん、なんとか行こうと思ってる。勉強になるし」

「そうだね。美織みおりさんと優一さんの『くるみ』は舞台で見ると、また、全然違ってすごく勉強になると思うよ」

「へえ、そうなのね楽しみ」

「うちのバレエ団の『白鳥』も見に来てよ」

「あ、それも行こうと思ってる」

「本当、でも、そうすると一週間くらい東京にいることになるの? 大学は大丈夫?」

「うん、それはなんとか」


 瑞希みずきがやって来た。

「なーに、二人で話してるのよ」

「え、グランの打ち合わせ」

「うそおっしゃい」

「だ、誰だよ、それ」

「なんか『大学は大丈夫?』とか聞こえた」

「ああ、東京にバレエフェスティバルとか、うちの『白鳥』とか見に来てくれるっていうから、結構、長く宿泊するようになるんだろうなって思って」

「そうね、一週間くらい? うちの実家に泊まる?」

「いえいえ、アルバイトしてお金貯めてるんで」

「えらい、えらいね、恵人。どう、こういう子」

「えらい」

「そうじゃないでしょ」

と言って持っていたトゥシューズで頭を叩かれた。

「痛っ! 何するの?」

「ねえ」

と言って、園香に微笑む瑞希。顔を赤くする園香。

「園香、恵人君のこと好きなんですよ」

隣から奈々が言う。

「知ってる」と瑞希が言う。

「奈々! なんてこと言うの、瑞希さんも……」

と言って恵人の表情をうかがう園香。瑞希と奈々が顔を見合わせて微笑む。


「ところで、奈々ちゃんも来るの? 東京」

「あ、すみません。私は用があって……」

少し困った顔をする奈々。

「ああー」瑞希が頷きながら「デート?」


「いや、その……」

益々困った顔になる奈々。

「いいの、いいの、それも大事よ……ね、恵人」


「え?」

急に振られて困惑する恵人。


「あんたも大事にしなさいよ」

「ええ、なんか瑞希ちゃんの会話の展開がわからないよ」

少し困った顔をして園香を見る恵人。園香と目が合う……園香が顔を赤くして下を向く。

 瑞希と奈々が、もう一度、顔を見合わせて微笑む。


「なに? 恵人、園香ちゃんのこと好きなの?」

後ろからやって来たげんのいきなりの言葉に瑞希が振り返る。


「この無神経男めが!」

瑞希がトゥシューズで元の頭を叩く。

「痛っ! 何するの?」

「ねえ」

と言って、園香と恵人に微笑む瑞希。顔を赤くする二人。


◇◇◇◇◇◇


 そんな話をしているうちに一時三十分になった。真理子とあやめがみんなを集める。

 午後のレッスンのスケジュールを青山徹が伝える。


 まず最初に第二幕の全体の流れを徹から説明する。その後『花のワルツ』の振り付けをする。

 そして、チョコレートの踊り(スペイン)、コーヒーの踊り(アラビア)……と順番に振り付け、第二幕のフィナーレの部分を振り付ける。

 その間に、第二幕の導入部分と終わりの部分を演技と踊りを振り付けるという。


 徹が美織に『キャンディボンボン』はその間に確認しておいてと言う。

 そして、恵人と園香のところに来て『グラン・パ・ド・ドゥ』は一旦通した後、練習後、集中的に見ると言う。


 今日も『冬の松林の場』と最後の由奈ゆなの演技、それと恵人と園香の『グラン・パ・ド・ドゥ』は全体練習が終わってからするという。

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