第358話 メイク キッズクラス

 客席から離れた舞台で踊るダンサーはメイクをしないと顔がはっきり見えなくなる。また、舞台でダンサーは強い照明を浴びる。薄いメイクだと顔が飛ぶ。メイクの効果がなくなるのだ。


◇◇◇◇◇◇


 メイクの勉強会の日がやって来た。小林に頼まれて、すみれがメイク指導をする。園香そのか美織みおり瑞希みずき、真美も参加した。花村バレエのスタッフはもちろん、今日も美和子と香保子かほこが参加している。


 キッズクラスの子どもたちとお母さんばかりでなく、小学生高学年の生徒から中学生、高校生まで、ほとんどの生徒が集まった。皆それぞれに自分のメイク道具を持って集まる。

 新しく入ったキッズクラスの生徒たちも、バレエ教師の小林から言われてメイクの道具は準備していた。

 小さな知里ちさとゆいも買ってもらったばかりの真新しいポーチにメイク道具を入れて持ってきた。


 すみれがキッズクラスの子たちの持っているポーチを見て、

「まあ、みんな可愛いわね」

 と言うと、皆が嬉しいそうに自分のポーチを見せる。

 すみれは自分のメイク道具入れを持って来ていた。すみれ色の可愛らしいポーチにいろいろなものが入っている。

 周りに集まった生徒もお母さんたちも中に何が入っているか気になるようで覗き込むようにして見る。

 それに気付いたすみれが微笑みながら、

「別に変ったものは入ってないですよ。多分、皆が持っているものとほとんど同じですよ」

 と言って笑う。園香も気になったが、本当に珍しいものはないように見えた。日本では手に入らないような外国製のものや高価なものはなく、誰もが持っているようなメイク道具だ。バレエ用品を扱うブランドの商品など、子どもたちが持っているものとほとんど変わらない。


 美織がすみれを手伝いながら話をしているのに、皆が耳を大きくして聞く。

「すみれさん、前から使ってる、そのポーチってプレゼントなんですか?」

「うん、これはね。先輩がくれたの『このポーチ、すみれ色だから、あなたにいいでしょう』って」

「へえ、先輩って、もしかして純華じゅんかさんって方ですか?」

「そうそう」

「ふうん、あ、すみれさん、アイライナー、それ使ってるんですね」

「うん、なんかこれ、優一がシンクロの選手も使ってるから汗かいたぐらいじゃ落ちないって言ってた」

「私もそれ聞きました。シンクロナイズドスイミング(アーティスティックスイミング)の選手が使ってるって……外から濡れるのと体の中から汗かく違いがあるような気がして、どうなんだか分からないですけど、私も同じの使ってます」

 美織が笑いながら言う。

「瑞希も使ってたよ」

「瑞希は全部すみれさんと一緒でしょ」

 と美織が笑いながら言う。

 園香と真美が横から見ると、話していたリキッドのアイライナーについては、特にバレエやダンス専門のブランドのものではなく、普通の化粧品メーカーのものだ。それも日本の化粧品会社の商品で、どこでも誰でも買えるようなものだ。

 お母さんたちも興味津々という感じで覗き込む。


◇◇◇◇◇◇


 知里をモデルにして、すみれがメイクをする。

 すみれのメイクを見ながら、お母さんたちはそれぞれ、自分の子どものメイクをする。知里のお母さんも知里のそばに座って、すみれのメイクを見る。

 お母さんたちはメモ帳を持って来て、メイクの手順や注意点をメモしながら自分たちの子どもにメイクをする。


◇◇◇◇◇◇


 化粧水で顔を拭く。ファンデーションをカッティングスポンジで満遍なく広げていく。パウダーをパフに付け肌に馴染ませていく。

 すみれの手際よいメイクに皆見入ってしまう。美織と瑞希が他のお母さんたちを手伝いながら子どもたちにメイクをしてもらう。

 知里のお母さんもすみれに教えてもらいながら知里のメイクをする。すみれがやって見せ、お母さんが代わってやってみる……という感じで進めていく。

 すみれがアイブロウペンシルでまゆを美しく書く。

 ハイライト。まぶた、目の下、鼻筋。高く見せたい部分にハイライトを入れていく。

 ノーズシャドウ、眉頭まゆがしらから鼻の両脇に小鼻に向けてシャドウ、影を付ける。鼻をくっきり鼻筋の通った顔に仕上げる。

 アイシャドウブラシ、指先を使って仕上げていく。他のお母さんたちも子どもたちの顔にメイクしていく。


 アイライン。目のメイクはバレリーナのメイクの特徴的な部分であり、バレエメイクのかなめとなる。

 最初にアイライナーペンシルを使ってまぶたをなぞる様に、そして、そこから少し上に、もう一本、アイラインを引く。更に目の下、涙袋なみだぶくろをなぞる様に目の下にもアイラインを入れる。

 この目の周りにラインを描く作業については慣れている者はリキッドのアイライナーで直接ラインを入れる。

 緊張した面持おももちでお母さんたちが子どもたちのアイラインを描く。


 まぶたにアイシャドウを入れる。

 そして、リキッドのアイライナーでまぶたの上と目の下にアイラインを引く。

 チークとリップを仕上げ、一通りメイクが完成する。


 すみれの手際のよいメイクで、知里の顔があっという間にバレリーナの顔になった。顔の半分は、すみれに指導してもらいながら知里のお母さんがメイクした。

 他のお母さんも自分たちの子どものメイクを仕上げた。初めてバレエメイクをしたお母さんも多かったが、皆、思った以上に上手に仕上げることができて喜びながら、近くにいた美織や瑞希、花村バレエのスタッフに見せる。

 ゆいも真由も綺麗なメイクをしてもらい嬉しそうに、すみれのところにやって来た。すみれが微笑みながら、

「皆、上手にメイクしてもらったね」

 と言うと、嬉しそうに顔を見合わせる。すみれのところにお母さんたちが次々とお礼を言いに来る。

 僅かな時間だったが皆それぞれメイクの手順や方法はよく理解できた。すみれが微笑みながら、

「わからないことがあったら、いつでも聞いてくださいね。今度のホールリハーサルと本番当日も、できるだけ私たちがお手伝いしますから」

 と言うと集まっていたお母さんたちも、安心した様に、

「ありがとうございました。よろしくお願いします」

 と言う。

 すみれのメイク指導の後、小林もすみれや美織たちのところにやって来て、

「今日は本当にありがとうございました。私たちも凄く勉強になりました」

 と深々と頭を下げてお礼を言った。すみれは首を振り、

「また、どんな些細なことでも言って下さいね。協力できることは何でもしますから」

 と微笑みながら言った。

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