第167話 四人のプリンシパル

 稽古場に上がって来る階段の方がざわざわしてくる。稽古場の入り口近くにいるお母さんたちが階段の方を気にしてざわめく。

 稽古場の端の方でストレッチをしていた由奈ゆなと『あし笛の踊り』を踊る森岡玲子もりおかれいこ、そして『中国の踊り』を踊る沖本心おきもとこころ三杉桂みすぎかつらがサッと立ち上がった。

「おはようございます」「おはようございます」

 稽古場にいた生徒全員、見学席のお母さんたちも立ち上がり稽古場の入り口に注目する。


 頭に紫のスカーフを巻いて、額にサングラス、黒のTシャツにジーンズ、黒いショルダーバッグを肩に掛けた瑞希みずき

 薄いピンクのストローハットに白のワンピースの美織みおり

 その後ろに美織の物らしいバッグと自分のバッグを持ち爽やかな出で立ちでやって来た優一。久し振りに三人が稽古場にやって来た。

「おはようございます」「おはようございます」

 生徒もお母さんたちも全員が挨拶する。キッズクラスの生徒たちも一時稽古を中断して挨拶する。

「おはようございます」「お は よ う ご ざ い ま す」


 多くの生徒、お母さんたちがバレエフェスティバルを観に行っていた。全員の尊敬の眼差しが集まる。


 と、その後ろからもう一人の女性がスッと入ってきた。全員が一瞬呆然と見つめ、言葉を失った。


 頭に紫のスカーフを巻いて、サングラスをかけた女性。黒のTシャツにジーンズ、黒いショルダーバッグを肩に掛けている。瑞希とまったく同じスタイルだ。


 稽古場が静まり返った。


 女性がサングラスを取る。


 ゆいの表情がみるみる笑顔になった。

「すみれ先生! 美織みおり先生! 瑞希みずき先生!」

 唯が走って行き、すみれに抱きついた。


「おはよう。唯ちゃん。頑張ってるね」


 すみれが唯を抱き上げる。美織も唯の頭を撫でる。すみれに抱っこされ、唯が嬉しそうに体を動かす。真由も走って行く。美織が真由の頭を撫でる。

「すみれさん、本当に来て下さったんですね」

 園香そのかが嬉しさに顔をほころばせて言う。頷くすみれ。


「皆さん、お疲れ様でした」

 園香の口から自然にその言葉が出た。

 生徒や見学席のお母さんたちからも声が上がる。

「お疲れ様でした」「お疲れ様でした」


 瑞希が微笑みながら、

「バレエフェスティバルが終わって、すみれさんの引っ越し手伝ってたの、だから、ちょっと稽古に来られなくて。でも、もう一段落したから」

「ええ、言ってくれれば手伝いに行ったのに」

「あなたたち学校の試験あるでしょ」

「え、まあ」

「きちんと勉強して、練習に集中しなよ。恵人けいとにも言ってあるけど」

「は、はい」

 園香と真美が返事をする。奈々も後ろで返事をする。


 他の生徒も見学席のお母さんたちも羨望の眼差しを向ける。バレエフェスティバルの舞台で踊っていたダンサーたちだ。

 唯と真由は嬉しそうに、すみれの手を引いて更衣室に案内する。


 見学席から

「引っ越しって、どうゆうこと?」「久宝すみれさんはゲストで来られたの?」

 皆驚きが隠せない、驚きと嬉しさでざわめく。

 四人が更衣室に行った後、口々にお母さんたちから、どういうことなのかと聞かれ、園香は、すみれが青山青葉あおやまあおばバレエ団を退団して、美織や優一と一緒にこっちに引っ越してきたことを話した。

 それを聞いて、また、生徒や見学のお母さんたちから驚きと喜びの声が上がった。

「じゃあ、これから美織さんや、すみれさんの踊りが、いつも見れるんですか?」

「いや、いつもかどうかはわからないけど、花村バレエに来てくれるみたいです」


 稽古場に拍手が起こった。

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