第168話 指導者として すみれ

 更衣室から出てくる美織みおりたち。美織とすみれが話をしている。

「あなたどうしてるの?」

「私たちは、ここの生徒ですよ。だから入会してるんです。最初は体験レッスンで受けれたんです」

「え、じゃあ、私も入会手続きするよ」

 北村が走ってきた。

「いや、あの、すみれさん、ちょっと、どうさせて頂くのか真理子先生に確認しますので、先生が帰ってくるまで、そのまま、お稽古に参加して下さってて結構です」

「え、体験レッスンは?」

「いや、すみれさんにバレエの体験して頂かなくてもいいかなと」


 園香そのかが真美に微笑む。

「真美は体験レッスンだけどね」

 すみれが会話に気付く。

「え、真美さん、あなた今日はバレエ体験レッスンなの?」

「あ、いや、なんか、そんな話になりました」

 たじたじする真美。隣で園香が微笑む。すみれも微笑む。

「え、じゃあ、私も体験レッスンで」

「あ、いえ、その、なんだかわからないですけど、すみれさんは稽古場、自由に使って頂いて、結構ですので」

「そういう訳には、ねえ、美織」

 美織が微笑みながら、

「すみれさんが普通にレッスン受けに来たら応対に困るんですよ。レッスンする先生も、先生の方が緊張するじゃないですか」

「ええ、いつも通りしてもらっていいですよ」

 すみれが微笑む。

「いつも通りって」

 美織の言葉に、見学席と生徒たちの間からも微笑みがこぼれる。


 ゆいがすみれに話し掛ける。

「先生、これから真由ちゃんがキャンディ覚えるの」

「ん?」

 すみれが首を傾げる。北村が慌てる。

「こら、唯ちゃん。真由ちゃんは私が振り付けます」

「だって、この前、すみれ先生がキャンディ踊って見せてくれたの」

 唯の言葉に北村が驚き慌てる。

「す、すみません」


 すみれが微笑み。

「真由ちゃん、これから覚えるの?」

「はい」

 頷く真由に、すみれも微笑んで頷く。

「見てあげる」

「はい」

 元気に返事をする真由。

「先生、次のレッスン何時からですか」

「二時半です」

「三十分ちょっと」


 北村が慌てる。

「えっと、真由ちゃん、この前少しやったでしょう。キャンディ。覚えてる? 今日もまた、ちょっと、最初に先生が振りを教えるから、きちんと覚えてから見て頂きなさい」

 首を傾げる様にする真由。北村はすみれに状況を説明する。

「まだ、振り入ってないんです」

「そうなんですか」


 北村は園香に声を掛ける。

「園香ちゃん、手伝って」


 北村と園香が真由に振り付ける。曲の入りと振りを踊って見せ、何度か真由にも踊らせる。

 ぎこちない真由。今日はキッズクラスが全員そろっているわけではない、今一つ全体の流れもつかみにくい。真由が首を傾げながら踊っている。

「ちょっと曲で一緒に踊って見ましょう」

 北村の言葉に、

「あ、私ジゴーニュおばさん、入りましょうね」

 美織が言うと、

「まだ、十分できてないんで、園香が入ります」

「え!」

 無茶振りされる園香。

 北村の言葉に不安そうな真由。


 すみれが前でストレッチをしながら見ている。北村も緊張を隠せない。園香も不安が残る。少し急ぎ過ぎだ。曲で通すが、まだ、全然踊れない。


「慌てなくていいですよ」

 すみれが声を掛ける。

「ちょっといいですか」

 北村と真由のところに行く。うまく踊れなかった真由が泣きそうになっている。

「真由ちゃん、ちょっと座って、すみれ先生と一緒にストレッチしようか。ちょっと、落ち着こう」

 真由と一緒にストレッチをしながら、すみれが真由の足の可動域、体、肩、腕の柔軟性をやさしくチェックする。そして、もう一度、真由に微笑む。

「いいじゃない。先生と踊ってみようか」

 泣きそうな顔で頷く真由。



「すみれさんが振り付けるとこ、よく見ておきなさい」

 美織が園香の耳元で呟く様に言う。それは北村や真美にも言ったように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る