第127話 コートレディ

 第一幕が始まる。華やかな宮廷の場面。王子の気品ある振る舞い、王妃がコートレディを従え王子に語りかける。この作品には物語の進行で重要な役を果たす道化どうけという役がある。バレエ『白鳥の湖』は宮廷と森の湖を中心に物語が展開する。登場人物も高貴な貴族など気品のある踊り演技が多いなかで、この道化役のダンサーは華やかな大技、高度なテクニックの見せ場がある。

 第一幕では王子の友人として女性二名、男性一名の三名で踊りを披露するパ・ド・トロワが見せ場となる。気品と技術を兼ね備えた美しい踊りだ。


 王妃の周りにいつもいて世話をしたり話し相手になる宮中の女官、コートレディ。バレエ『ドン・キホーテ』や『コッペリア』に出てくる、いつも友人と楽しく過ごす町の女性、村の女性などと違い。周りに仲のいい友達がいるわけでもない王妃にとって、コートレディは大切な存在なのだろう。


 園香そのかが、そんなことを思っていると、ふと、この頃、よく見かける光景すみれといつも一緒にいて何か話をしている美織みおりを思い出す。

 瑞希みずきにとってすみれは憧れの存在であり、どこか距離を置いているようにも感じる。そんな中で美織はすみれを恩人と言っていたが、すみれとの距離がかなり近いように感じる。

 すみれと美織の関係が、どこか王妃とコートレディの姿に重なるように思えた。それは付き人というものではなく、どこか孤高のバレリーナという感じのすみれにとって美織が大切な存在のように思えた。


 そして、ゲネプロは第二幕、第三幕、第四幕と本番の舞台を観ているように終わった。

 白鳥のコール・ド・バレエは舞台で観ると息を呑むほどの美しさだった。すみれのルスカヤは、そのテクニックと表現力に圧倒された。第三幕の民族舞踊も素晴らしかった。

 しかし、園香たちが改めて感じたのは、こうして全幕を通して観ると、やはり、主役のオデット・オディールの古都こととジークフリートの恵人けいとの技術と体力、そして集中力がすごいと思った。


 すべてが終わって全幕を通して青葉あおばが注意点を指摘していく。今回の公演は二日間公演で、それぞれ昼と夜の二回。合計四回の舞台になる。この公演では主役の二人やロットバルト、すみれなどほとんどのキャストはすべての公演で同じだが、パ・ド・トロワと一部の出演者は一日目と二日目で交代する。

 一日目の昼出演した者が二日目の夜。一日目の夜出演した者が二日目の昼出演する。


 園香と真美は一日目は昼夜観て二日目は手伝いと言われたが、この感じでは、どうやら二日とも舞台を観れそうだ。もっとも二日目は舞台のそでで観ることになりそうだが……

 そんな中で、ゆいと唯のお母さんは二日とも昼も夜も観るという唯も嬉しそうにしている。

 唯は「バレエが好き」と言っているが、それにしても小さいのによくこの長丁場ながちょうばの作品を一日二回もずっと客席で観ていられると、園香も真美も驚く。


 ゲネプロが終わりいよいよ明日から公演本番だ。園香や真美、唯と唯のお母さんも最後までバレエ団に付き合った。

 帰り際、青葉あおばが皆にこの公演のパンフレットをくれた。これは普通なら当日ロビーで買うものだ。団員の美しい写真と名前が紹介されている。その場では、今日のゲネプロに参加させてもらったこととパンフレットを貰ったことで、お礼をすることが先に立ちパンフレットの中をじっくり見ることはせず皆それぞれに家路につくことになった。

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