第351話 瑠々との再会 宮崎美香バレエスタジオ応接室で

 ドアの前に瑠々るるが立っていた。

 背中に幼稚園の可愛らしいリュック、肩にバレエの稽古着やシューズを入れた小さなバッグ。そして、手にタンバリン。小さな瑠々るるはたくさんの荷物を持って立っている。


先生せんせー瑠々るるは『くるみ割り人形』踊るん?」

 瑠々るるが皆を見回して聞く。


 美香が瑠々るるにらむようにして言う。

瑠々るる、お客さんや。ここへ何しに来てん?」

「ここは瑠々るるのお着替えの部屋や」

「ここは教室の応接室や。お客さんが来る部屋や」

「そんなん、瑠々るるはいっぱいお荷物あるから、この部屋がお着替えの部屋やいうて、いつもここでお着替えしてたわ」

「しゃあないなあ」

 美香が呆れた顔をする。


先生せんせー瑠々るるは、この人らのところで踊るん?」

「……そやなあ、瑠々るるは踊りたいんか?」

 瑠々るる園香そのかたち三人の顔を覗き込むように見る。

「誰や? どっかで見たことある……あ、ゆいちゃんの教室の人や!」

 すみれと園香が頷く。

 瑠々るるの顔に笑顔が広がり大声で美香に言う。

「踊りたい。踊りたい。瑠々るる、ここの教室の人らと踊りたい」

「そうか」

 瑠々るるを見つめる美香。


 瑠々るるが園香たちに向いて微笑みながら聞いてくる。

瑠々るるは『金平糖の精』か?」

「アホか! 花村バレエと青山青葉あおやまあおばバレエの大御所が集まってるとこへ、なんで一ヵ月前の今から瑠々るるが『金平糖の精』やねん。どんだけ大スターや!」

 パシッと美香が扇子せんすで頭をたたく。

「ええ、唯ちゃんが『金平糖の精』か?」

「児童劇団ちゃう! ここにおる園香さんが『金平糖の精』や」

「へえ、出てあげてもいいで、でも、瑠々るるが出たら主役食うで。覚悟あるんか?」

 瑠々るるが微笑みながら園香に近付いてくる。

 パシッと、美香が扇子で瑠々るるの頭をたたく。

 三人が笑う。

「相変わらずね」

 すみれが瑠々るるの頭をでようとすると、首をすくめる瑠々るる

「ん?」

 すみれが不思議そうな表情をすると、

たたかれるか思た」

 と瑠々るるが言う。

「あんたがいつもたたかれるようなこと言うてるからや」

 と美香が微笑む。三人に微笑みが広がった。


◇◇◇◇◇◇


 美香が少し考える様にして、

「まあ、そうは言うても、瑠々るるは私の子じゃないからな。ここの生徒ではあるけどな。私は親やないから最終判断はできんな。瑠々るるは大人やないからなあ。この子に判断させるわけにもいかんし、行くとしても一人で行かせることもできん。保護者がいるねん。まだ身の回りの事も一人で出来ん年やからなあ」

 瑠々るるが横からしゃしゃり出る。

瑠々るるは幼稚園に一人で行けるし、ここにも一人で来れるで」

「ええから、黙っとき。行けるんそれくらいやろ」

「それくらいや」

「あっさり認めるなあ」


「まあ、そう言う事やから、この子の両親、まあ母親やな、母親にも許可取らなあかん。真理子先生、すみれさん、園香さん、返事は早々にさせてもらいます。こっちにはいつまでおるんですか?」

「明日までです」

 真理子が答える。

「そうですか、明日にはお返事させてもらいます。ご足労お掛けしますが、明日、もう一度、ここに来て頂けませんか」

 三人が頷く。


瑠々るる、今日、稽古が終わったとき、お母さんが迎えに来たら先生呼び。な」

 瑠々るるが頷く。

「お母さん『行ってきい』いうで」

「そやな。でも、その言葉もろとかんとな」


 美香が園香に向いて微笑んで言う。

「園香さん、あんたの気持ちが瑠々るるに伝わったんかなあ」

「え」

 園香は先程の事を思い出して自分の言葉に今さらのようにドキドキしてしまった。


「じゃあ、そういうことで、この返事は明日」

 美香がそう言って、その日の話は終わった。

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