第350話 衝撃 宮崎美香バレエスタジオ応接室で

 美香に案内され応接室に通された。

「ちょっと、ここで待っててな」

 美香は控え室の方に行き、園香そのかたち三人は応接室で待つことになった。


 応接室には宮崎バレエの公演や発表会の写真がたくさん飾ってある。

 園香が見回していると、数々の写真の中に真美の写真があった。高校生ぐらいだろうか『ドン・キホーテ』のキトリを踊っている写真がある。周りに他のダンサーがいる所を見ると全幕の『ドン・キホーテ』のようだ。真美は全国コンクール二位の実績を持ち、このハイレベルな宮崎美香バレエスタジオの公演で、全幕の主役を踊っていたバレリーナなのだ。

「真美ちゃん凄いですね」

「そうね」

 園香の言葉にすみれが微笑む。

「あ、すみれさん、瑠々ちゃんの写真」

 瑠々るるの写真があった『くるみ割り人形』の『キャンディボンボン』を楽しそうに踊っている写真だ。

「へえ、瑠々ちゃん舞台でキャンディ踊ったことあるんですね」

 園香の呟きに、すみれも少し驚いたように言う。

「本当ね。この後ろのセットの感じからして、全幕か二幕だけか……そんな感じじゃない? バレエコンサートでキャンディの単品だけ踊るのに、このセットはないでしょう」

「瑠々ちゃん、キャンディを知ってるんですね」

 園香の言葉に、すみれと真理子が頷く。


 バレエ教師らしい女性が香りのいい紅茶を持って来てくれた。

「宮崎先生すぐ来ますから、もう少しお待ちください」

 そう言って部屋を出て行った。言葉通り間もなく美香がやって来た。


◇◇◇◇◇◇


「さっきは、えらい、賑やかな稽古場見せて……すみれさんごめんなあ。失礼な生徒ばかりで」

 申し訳なさそうに美香がすみれに頭を下げる。

「いえいえ」

 すみれが微笑みながら首を振る。

「でも、美香先生のところの生徒さんは、皆さん本当にレベルが高いですね。何というか……どうして、あんなに皆さん技術が身に付くんですか?」

「いや、すみれさんに言われると、どう答えていいか悩むなあ。」

 美香が笑いながら紅茶のカップに口を付ける。すみれが美香を見ながら続ける。

「本当に心から、皆さんの技術に驚いているんですよ。大人クラスの方が、あのレベルを保っているのが信じられません」

「そんなことはないでしょう。青山青葉あおやまあおばバレエ団には、ここの大人クラスの年齢のバレリーナで、もっと凄いダンサーがいくらでもいるんやないですか?」

「いいえ、いないですね」

「そうかなあ、それは謙遜やろ」

「そんなことないですよ。いないです。キッズクラスにもいないです……そうですね、中学生、高校生ぐらいから四十代前半ぐらいまでですね。レベルの高いダンサーがいるのは……恐らくキッズクラスとか大人クラスの生徒は、美香先生のところの生徒さんの方がレベルが高いですよ」

 すみれの言葉に美香が少し考える様にして言う。

「まあ、すみれさんの言うことも、わからんでもないなあ。うちらみたいなバレエ教室はバレエ好きな人を見捨てんねん。いや、すみれさんとこがそうや言うてんのやないで。年取ってても、トゥシューズでピルエット回りたい言うたら、一回転でも二回転でも回れるようにしたんねん。パ・ド・ドゥ踊りたい言うたら五十歳でも六十歳でも踊らせてあげんねん。趣味やからな。夢叶えさせたるねん。それなりの技術は何歳でも、本人が身に付けたいていう気持ちがあればな。バレエ団は、バレエ団としての威信があるからなあ……お客さんに見せれるレベルやなかったら踊らすことはできんわな。で、そのうち団を離れていく人もおるやろ。だから、おらんなるねん。青山青葉あおやまあおばバレエ団はお客さんに夢を見せるバレエ団や。うちはバレエが好きな生徒に夢を見せるバレエ教室や」

 園香たちは聞き入ってしまった。


◇◇◇◇◇◇


「で、今回はわざわざ大阪まで何しに来たん」

「美香先生に、その『小さな夢』の力を貸して頂きに参りました」

「ゲストか」

「はい」

「そう言うても、青山青葉あおやまあおばバレエにおるんちゃうん」

「いえ、いないんです」

「……」

 すみれが美香を見つめる。

 美香が呟くように言う。

「中学生、高校生から四十代まではおる言うたわな……で、力を貸してほしいってことは……子どもか」


 すみれが静かに頷く。

「キャンディの子が一人出られなくなったんです」

「そんなん、構成か、振りを変えたらええやん」

 美香が呆れたように言う。

「他との兼ね合いで、どうしても構成や振りを変えられないんです。補充するしかないんです」

「そんな……『くるみ割り人形』でキャンディのゲストなんか聞いたことないわ。いくつぐらいの子や」

 すみれは真剣な表情で強い視線を美香に向けたまま答える。

「四歳……瑠々るるちゃんにゲスト出演をお願いします」

 美香が驚いたように目を丸くし、一瞬、言葉を詰まらせた。そして、少し落ち着くようにして言う。

「すみれさんほど経験豊富な人が大阪まで来て依頼するんや、単なる思い付きとかじゃなく熟考しての依頼やろ。一笑いっしょうすことではないな……この世界を知り尽くした人、三人が依頼してくるんや。それがいかに常識を逸脱しているとしても……バレエの世界を知り尽くした人らの最終決定なんやろうからな……」

 静かな沈黙が流れた。


 美香が口を開く。

「でも、無理やな」


 もう一度、強い視線で、すみれが美香に依頼する。

「それしか手段がないんです。瑠々るるちゃんを花村バレエのゲストにお願いします」

 美香がすみれを見つめる。

 今まで、すみれの隣で、ずっと黙って聞いていた園香だったが、すみれと真理子に付いて大阪までやって来て、この申し出を聞いてもらえずに帰ることはできないと思った。園香もこれ以上黙ってはいられなかった、すみれの言葉に添える様に言う。

「花村バレエの三十周年記念公演なんです。ここまで皆、頑張ってきたんです。どうしても、公演を成功させたいんです。そのためには瑠々るるちゃんしかいないんです。美香先生お願いします」


 その瞬間、応接室のドアが開き一人の女の子がタンバリンを持って入って来た。

先生せんせー、おはようございます」

瑠々るるちゃんを花村バレエの『くるみ割り人形』にゲスト出演お願いします」

 園香の声が響いた。


 瑠々るる、美香、すみれ、真理子、園香……全員の目が合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る