第349話 再び大阪へ 宮崎美香バレエスタジオ

 大阪に着いた夜はそのままホテルにチェックインして眠るだけだった。

 次の朝、朝食を取った後、三人で宮崎美香バレエスタジオに向かった。夏に来た場所だ。この前来たときは関西中から選抜されたダンサーたちが二階の広い稽古場で、バレエ『ライモンダ』のリハーサルをしていた。

 前回来たときは、真美が案内してくれて、すぐに二階の大きな稽古場に上がって行ったが、この建物は一階に事務室やバレエ教師たちの控え室、応接室があるようだ。


◇◇◇◇◇◇


 園香そのかたちが入り口を入ると、一人のバレエ教師らしい女性が迎えてくれた。

「こんにちは、花村先生ですか?」

「こんにちは、花村です。こちら久宝くぼうすみれさんと佐倉園香さくらそのかです」

 紹介されて、すみれと園香も挨拶する。女性はすみれの訪問に驚いたように頭を下げる。

「今、美香先生は二階でレッスンをしているんです」

 そう言われて、園香たち三人は女性に案内され二階に向かう。二階の広い教室では大人のレッスン生、大学生や専門学校生だろうか、主婦の女性らしいレッスン生が三十人ぐらいレッスンを受けている。バーレッスン中のレッスン生たち誰もが想像以上にレベルが高いことに驚く。

 後で聞いた話では大学生や専門学校生、アルバイトをしながらバレエをやっている生徒たちの大半は、今でもシニア部門でコンクールに挑戦していたり、プロを目指してバレエをしているという。主婦でレッスンに来ている女性も半数近くはバレエ歴が長くレベルの高いレッスン生が多いらしい。

 鏡の前で宮崎美香が扇子せんすを持って指導している。教室の中にアシスタントとして生徒たちを見て回っている女性が二人いる。

 どの生徒もかなり上級者のようだ。

 静かな緊張感の中で流れるように進むバーレッスンは、まるでバレエ団の朝のレッスンを見ているようだった。


◇◇◇◇◇◇


 そんなことを思いながら園香たちが教室で見ていると、丁度バーレッスンが終わり、宮崎美香がやって来た。

「おはようございます」

 美香の声に合わせるように一斉にレッスン生たちが園香たち三人に向き挨拶をした。

 生徒の中に大人クラスの主婦らしい女性が数人いた。

 その女性たちから、

「いや、久宝すみれや」「すごい、久宝すみれ初めて見た」「サインとかもらえんの?」

 という声が聞こえる。美香が生徒たちをにらみ、

「こら! あんたら、何失礼なこと言うとんねん。初対面の人を目の前で呼び捨てにすんな。久宝すみれさんやろ」

 と言う。すみれが苦笑いするように微笑む。

「ごめんなさいね」

「いえ、皆さん、とても上手ですね」

 とすみれが言うと、

「いやー、どうしょう。私、久宝すみれに上手や言われたで」「あんたちゃうやろ。マチコさんやろ」「そやなあ、それそれ、マチコさんや」「ワハハハハハ」「私ら賑やか過ぎん?」「そんなことあらへん。なあ、お嬢さん」

「は、はあ」

 いきなり振られて困る園香に真理子とすみれが微笑む。

 なんだか三人を置いて機関銃のような会話が進んでいく。大阪のパワーを感じる。


「あんたら、ええ加減、ちょっと黙っとき、この前みたいに話疲れてレッスン受けれんようなるで」

 美香がパンっと扇子せんすを打ち鳴らす。

「あれは、あれや、なあ」「それや」「わははははは」

 ずっと賑やかだ。

「じゃあ、後、葉月はづきちゃんレッスンお願いな」

 レッスンのアシスタントをしていた女性に美香が後を任せて、もう一度レッスン生たちに言う。

「あんたら、ちゃんと静かにレッスン受けな、下の応接室におっても笑い声聞こえてくるで。ここはバレエ教室や。バレエに言葉はいらんねん。静やねん。静やねん。上品やねん。上品やねん。ええな」

「静か上品て、二回言わんでもなあ」「上品て、宝生ほうしょう先生とこのうららちゃんみたいなやつか?」「あれは上品、まるでお姫様やんなあ」「ほんまや、あれは……あれがバレリーナかいな」「ほんなら私らなんやねん」「わははははは」

 あきれた顔をしながら美香が一階の応接室に三人を案内してくれた。


 応接に向かいながら園香は思った。あまりの会話の勢いに圧倒されたが、その前のバーレッスンを思い出して、さっきの機関銃のような会話をしていた女性たちは、まるでどこかのバレエ団のバレリーナのような美しいバーレッスンをしていた。

 ここはやはり瑠々るるたちキッズクラスから大人クラスまで相当レベルの高いバレエ教室であることは間違いない。

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