第109話 青山青葉バレエ団 真理子・すみれ・唯

 古都こと恵人けいとの『白鳥の湖』のグランアダージオ。

 ゆいがニコニコしながら、古都と恵人の二人に拍手する。古都と恵人も唯に微笑みかける。


 鏡の前で見ていた真理子が椅子から立ち上がり、二人の方に歩いて行く。

 古都と恵人が真理子に頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 真理子が、先程の『白鳥の湖』の踊りにアドバイスを与えていく。


 時には真理子自身が踊りながら、時には恵人が古都をリフトする微妙なタイミング。体の向きや目線。足を一歩踏み出す細かいタイミングから、ふとした時の手の高さや相手に顔を向ける角度、タイミング……

 それで何が変わるのか……と思われるほどの微調整のようなものだった。

 真理子のアドバイスが続く。


◇◇◇◇◇◇


 園香そのかや真美は近くで聞いていて、かなり細かい部分の表現方法や技術について教えているのがわかった。


 唯のお母さんも、その内容まではわからなかったが、バレエを好きという彼女だからこそわかる。不思議な違和感のようなものを、ずっと感じていた。


 この踊りはバレエ『白鳥の湖』で最大の見せ場であり、作品の中で最も重要な踊りの一つだ。

 この踊りについて、ここのバレエ団のプリンシパルである二人に対して、演出や技法にアドバイスをする真理子の姿を、どう受け取っていいか理解できなかった。


 ここのバレエ団の公演の指導、演出は青山青葉あおやまあおばか、そうでなければ、息子で芸術監督であるとおるに権限があるのではないか……

 今、二人はいない。しかし、このバレエ団において、かなりの権限を持っているように思われるプリンシパルダンサーすみれがいる。


 真理子が、このバレエ団において、どういう存在なのか……それは、園香と真美も、ここのバレエ団に来て、ずっと気になっていた。


◇◇◇◇◇◇


 そんなことを考えていると、別の稽古場で練習をしていた美織みおりや優一、ルエルやディディエが帰って来た。


 真理子が一通りアドバイスをした後、もう一度、古都と恵人の二人がアダージオを通す。


『白鳥の湖』第二幕 オデットと王子ジークフリートのグランアダージオ


 壁際のバーにもたれるようにして、すみれも真剣な眼差まなざしで見ていた。

 園香や真美、唯の母お母さんも、明らかに踊りが変ったのがわかった。


 踊り終わった二人に、真理子は満足そうに微笑みながら、

「いいんじゃない。よくなったわよ」

と言う。


 ディディエが「フーッ」

と溜息を漏らし拍手を送る。ルエルも拍手を送った。

 美織も「すごいじゃない」

と恵人に微笑みかける。


「音楽が変った!」

 唯が笑顔で手をあげて言う。


「ええ?」

 恵人が不思議そうに微笑んだ。しかし、園香も一瞬、唯と同じような感覚を覚えた。

 そこにいた全員が驚いて唯の方に目線を向けた。


 すみれが少し下向き加減に古都と恵人を見つめ、そして、唯の方に微笑みながら目を向けた。

「唯ちゃん。耳がいいのね。それと感性も……いい。すごく、いい。いつもの曲が、まるで別物べつものに聞こえたわ……すごい」

 そう言って、もう一度、古都と恵人に微笑む。


 真理子がすみれの方をちらっと見て、二人は目を合わせて微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る