第183話 いろいろな事情

 週末はバレエ漬けだが園香そのかと真美、奈々は平日は授業がある。年中大変ということではないが、試験期間はさすがに忙しくなる。

 あと大変なのはクララ役の浅香由奈あさかゆなとフリッツ役の美川信也みかわしんやが六年生で二人とも中学受験をするという。他にも何人か受験生がいるが、特に、この二人は作品の中で重要な役が付いている。二人が受験することは花村真理子やあやめ、周りの皆も知っている。そのことを知ったうえで真理子、あやめ、由奈と信也、本人と両親も納得してこの役が付いた。受験生たちは皆、夏休みは夏期講習などもあり時間の合間あいまを縫ってレッスンに参加している。


 レッスン前、その話になった。そのことは一応、前以って美織みおり瑞希みずき、優一には伝えてあった。

 美織と瑞希がそのことを、すみれに伝えると「よく受けたね、その役」と、さすがのすみれも、どう受け止めていいか分からなかった。

「でも、どうして、わざわざそんな大変な子に主役をさせるの? 来年の舞台じゃダメなの? 中学生になってから主役じゃダメだったのかな」

 すみれが呟く。

「よくわからないですけど、ここだけの話、由奈ちゃんは、今の唯ちゃんみたいに、すごく小さい頃から頑張ってたんです。で、お母さんもお父さんもバレエに理解があって……だから、あやめさんが『いつか大きい舞台で絶対主役させる』って言ってたんです。で、今回の公演って、花村真理子バレエ研究所の三十周年記念公演なんですよ。だから、青葉あおば先生に協力をお願いしたり、大事な公演なんです。だから、たぶん由奈ちゃんへのプレゼントなんだろうなって思います」

「へえ、それを聞くと、園香ちゃんも真理子先生にとって、特別な、大切な、生徒さんなんだね」

「いえ、でも、ここまで東京の名門バレエ団が全面協力してくれるって、すごいです。信じられません」

「そうか、園香ちゃんは、まだまだ、真理子先生を知らないのね」

「え?」

「まあ、そのうち、その話もするよ。ねえ、ところで、園香ちゃんは中学受験したの?」

 すみれが園香に聞く。

「はい、一応。奈々もです」

「へえ、すごいなあ。バレエしながら、どうなの? こっちの受験事情は」

「まあ、私たちの頃とは少し変わってると思いますけど、由奈ちゃんも信也君も賢いみたいだから、多分、大丈夫なんじゃないでしょうか」


「あなたたちの時と違うって言っても、あなた大学一年生なんでしょう、だったら、そんなに変わらないんじゃない。園香ちゃんもバレエしながら受験したんだ。六年生の時も公演に出たの?」

 すみれが聞く。

「はい」

「ふうん。その時は、どんな作品で何の役をしたの?」

 すみれが興味深そうに聞く。

「あのときは『コッペリア』でスワニルダの友人」

「え、コッペリウスの屋敷に入って行くメンバー?」

「はい」

「へえ、重要な役じゃない。公演はやっぱり十二月だったの?」

「そうでした。受験は二月だから」

「え、大変じゃない。終わってから一ヵ月しかない」

「まあ、合間あいまの時間に勉強したり、ここの稽古場でも奈々と一緒に休憩時間とか、待ち時間を使って勉強してました」

「そうなんだ。じゃあ、今回は園香ちゃんに二人の家庭教師お願いね」

「あ、ヴォルフガングだ」

 瑞希が嬉しそうに言う。

「なんです?」

「え、白鳥の湖に出てくるじゃない。ジークフリートの家庭教師」


「まあ、美織も賢いから多分教えてくれるよ」

 すみれが美織に振る。

「美織さん字はヘタだけどね」

 瑞希の言葉に、すみれが笑いながら、

「唯ちゃんの方が上手だったりして」

「ひどーい」

 美織の言葉に皆が笑う。

 すみれが園香に、

「まあ、出ると決めたんだったら、ここで勉強してもいいから、いろいろ協力してあげましょう」


 瑞希が園香に耳打ちするように、

「いざとなったら、すみれさんも協力してくれるよ」

「え」

「すっごく、頭いいんだよ。いつも本読んでるでしょう。稽古場で」

「あ……」

「それとバレエフェスティバル思い出して、古都ことさんはロンドンに住んでたから想像つくと思うけど、ここにいるみんな、ルエルとかラクロワとかロレンスとか……テレホワとも普通にそれぞれの国の言葉で喋るから」

「え」

「まあ、中学受験は外国語は関係ないかもしれないけど、普通にスペックが高いってことよ」

 美織が隣から、

「優一もパズルとかクイズ得意だよ」

「なにそのスペック」

 瑞希が呆れたように言う。

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