第261話 そして花のワルツへ 衣装早替え

 キャンディボンボンのキッズクラスの生徒たちが笑顔で踊り終える。ジゴーニュおばさん役の美織みおりも子どもたちと一緒にお辞儀をする。

 真理子、青葉あおばの他、周りで見ていた青山青葉あおやまあおばバレエ団の全員、見学席にいたお母さんたち、そして、一緒にリハーサルで踊っている他のダンサーからも、稽古場中が温かい拍手に包まれる。


◇◇◇◇◇◇


 第二幕はスペインの踊り、アラビアの踊り……と踊り終わったダンサーたちは舞台に残る。

 それぞれ舞台の後方、舞台のそで近くと、舞台で踊るダンサー、舞台に登場するダンサー、ハケて行くダンサーの邪魔にならないように、大きく周りを囲むように舞台上に座っていく。舞台で踊るダンサーを周りで見守る形になる。


 キャンディの子どもたちも舞台上に残るが、美織は次の『花のワルツ』に出るので、子どもたちを座らせたあと、衣装替いしょうがえのためにそでに帰ってくる。


 キッズクラスの子どもたちを小学生低学年のグループと、ゆいたち小さい子たちのグループに分けて、既に踊り終わって座っている出演者たちと一緒に舞台の左右のそで近くに座らせる。

 小学生低学年グループは舞台の下手しもて(客席から見て左)、小さい子たちは舞台の上手かみて(客席から見て右)に座らせる。

 小さい子たちは、ジゴーニュおばさん役の美織が誘導して舞台袖ぶたいそで近くに座らせる。ダンサーたちが踊りや、出入りの際、邪魔にならないところに綺麗に座らせる。


 ゆいと真由、他の小さな子たちが美織に微笑む。美織も子どもたちに微笑む。

 ゆっくり美織が舞台袖ぶたいそでに帰ってくる。


◇◇◇◇◇◇


 舞台袖ぶたいそでで衣装の準備をする由香、一花いちか、すみれ、古都ことが拍手を続ける。それに合わせる様に青山青葉あおやまあおばバレエ団から手伝いできている康子、佐由美、麗子たちも拍手を続ける。

 見学席のお母さんたちにとっては、周りの皆から子どもたちへの温かい拍手が続いているという風に聞こえた。


 しかし、由香たち衣装関係者にとっては、この後のわずかな時間で美織の衣装替えをしなければならない。

 周りを固めている青山青葉あおやまあおばバレエ団の団員も、ここは本番でも、間を持たせて美織の衣装の早替えを助けないといけない場面ということがわかっている。


 由香が小さく呟く様に「早く帰ってこい」と言う。


 舞台の雰囲気を壊すことなく慌てずゆっくり帰ってくる美織。


◇◇◇◇◇◇


 美織がそでに入ると同時に、

 稽古場に『花のワルツ』の曲が流れ始める。管楽器の優雅な音色からハープのが奏でる。ホルンの美しいニ長調の主題をクラリネットが受ける様に奏でる。

 ワルツのダンサーたちが宮廷舞踊を思わせる美しく優雅な踊りを踊り始める。


◇◇◇◇◇◇


 舞台の上の優雅さと相反あいはんし、美織が凄まじい速さでジゴーニュおばさんの衣装からワルツの衣装に着替える。

 作品によってジゴーニュおばさんは大きな舞台セットのような衣装で登場することも多いが、この公演で美織が演じるジゴーニュおばさんは普通のドレスのような衣装で演じる。舞台セットのような大掛かりなものではないが華やかな装飾の衣装と頭飾りは早替えで脱ぐには時間がかかる。


 由香とすみれが美織のジゴーニュおばさんの衣装の背中を縫ってある糸を手際よく切り取っていき衣装を脱がせる。それと同時に、一花いちか古都ことが頭飾りを取り付けているピンを取り外し頭飾りを取り外す。

 そして、由香とすみれが美織にワルツの衣装を着せる。すみれが衣装を整え、同時に由香が背中のホックを留め、糸で背中を縫う。

 一花いちか古都ことがワルツの頭飾りを手早くアメピンとヘアピンで留めていく。


 今日は稽古場でのリハーサルだ。出演者や見学席のお母さんたちは、この衣装の早替えの光景に見入っていた。キャンディを踊り終えた子どもたちも美織の早替えの様子を見ている。


二分……二分十五秒……由香が背中を縫い終わり、一花いちか古都ことが頭飾りを付け終わった。


 由香が美織の背中を軽く叩く。

「ありがとうございました」

 美織が四人に頭を下げる。

 頷く由香と一花いちか


 同時に、すみれと古都こと、美織が舞台に出て行き踊り始める。


 見学席のお母さんたちから、この早替えに拍手が起こった。

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