第305話 美和子と香保子の思い

 この僅かな時間の指導で、見る間に各段踊りのレベルが上がっていく様子を、まざまざと見せつけられた。今日も練習を見ていた美和子と香保子かほこも、この魔法のような指導術に言葉を失い見入っていた。


 美和子と香保子が園香そのかと真美に話し掛ける。

「すごいね。すみれさんって」

「すごいよね」

 園香が微笑む。

「まあ、バレエの世界では神様みたいな人やからな」

 真美が呟く。美和子が羨望の眼差しで、すみれを見つめながら、

「私、今回のミュージカル終わったら、真剣にバレエ始めようかな」

「え? そうなの。いいじゃない」

 園香が微笑みながら美和子の方を見る。隣にいた香保子が、

「私も、今からでもバレエ踊れるようになるかな」

と言うと、真美が微笑みながら、

「まあ、なんでも、どういう風にそれと向き合うかってこともあるやろうけど、始めるのが遅いってことはないんちゃう? まあ、今からローザンヌ国際コンクールとか言われたら、それはもう、終わってるって感じやけどな」

「え? 国際コンクールなんて絶対無理だけど」

 目を丸くしながら答える美和子に、真美が笑いながら、

「いろんなコンクールがあるけど、ローザンヌは十八歳までや」

 と言う。園香も、

「まあ、真美ちゃんが言う通り、バレエはいろいろな楽しみ方があると思うよ。バレエだけじゃないと思うけど……今回の『くるみ』の公演に出る大人クラスの人たちの中にも、大人からバレエ始めた人たちも結構いっぱいいるよ」

「そうなの?」

 美和子と香保子が顔を見合わせた。


「お手伝いとかできるかな?」

 美和子からの突然の申し出に園香は少し驚いたが、二人の表情を交互に見ながら、

「それは……真理子先生とあやめ先生に相談してみたら」

 と言って、鏡の前にいる真理子とあやめの方に目線を向ける。


◇◇◇◇◇◇


 北村たちの稽古の後、美和子と香保子が真理子たちのところへ行き、舞台の手伝いの相談をした。

 真理子とあやめが笑いながら二人と話していたかと思うと、真理子がすみれを呼んだ。すみれが近くに来ると姿勢を正す二人。真理子とすみれの声が聞こえた。

「この二人が今度の公演のお手伝いをしたいって言うんだけど、お手伝いして頂いてもいいわよね」

「ええ、それは、でも、年明けにミュージカルの舞台って言ってませんでしたか? 十二月になったら、そっちのお稽古も忙しくなりませんか?」

「大丈夫です」

「そう、じゃあ、真理子先生も『いい』って言うんだったら、お願いしていいですか」

 その言葉に美和子と香保子は、もう一度、手を取り合って喜んだ。すみれもその姿に笑顔を向けながら二人に言う。

「たぶん、普通なら『お手伝いしてくれる』って言って頂けるだけでウェルカムなんだけど、真理子先生が、私に『お手伝いしてもらっていいか』って確認されたのは、今度の公演は通常の公演と違って、東京の青山青葉あおやまあおばバレエ団というところのスタッフたちが、当日の舞台裏をお手伝いさせて頂くことになってるんですよ。だから、そのスタッフたちの事も思って私に相談されたんだと思うんです。でも、その点については、まったく大丈夫ですのでお願いします。青山青葉あおやまあおばバレエ団の主催者、青山青葉あおやまあおば先生やスタッフの人たちに伝えておきますね」

 二人にそう言った後、すみれが真理子の方に目を向ける。真理子もあやめも二人の肩をやさしく叩いて微笑みながら、また何か話していた。

 美和子と香保子が何度も手を取り合いながら微笑んでいる姿が見えた。


 真美が園香に微笑みながら言う。

「なんか、お手伝いしてくれる感じやなあ」

「でも、あの二人が、こんなにバレエを好きになってくれて嬉しいよ」

 園香も笑顔で答える。

「ほんまやなあ。でも、もう、あの二人にはチケット売れんのんちゃうん。数少ないチケットを売れる友達が、こっちの側に来てしもうたなあ。まあ、園香ちゃんの最初の目論見もくろみでは、私もチケット売れそうなお客さんやったんやろうけど」

 真美が悪戯いたずらっぽい目線を向けて言う言葉に園香は図星だと思った。チケットを買ってもらえそうな友達が、どんどん公演の出演者、協力者になっていく。

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