第4章 恋がはじまるとき

第24話 ゲストダンサーたち

 踊り終わりビデオが撮れているかチェックする瑞希みずき


 子供を抱いていた美織みおりが、女の子を下ろしながら微笑み頭を撫でる。女の子は嬉しそうにお母さんのところに走って行った。お辞儀をするお母さんに美織は微笑み返し丁寧にお辞儀をした。


 瑞希は優一に話しかけようとして、ふとスタジオの入り口に立っている四人に目を止めた。

 瑞希の表情が一転して驚いた表情で優一と美織に声を掛ける。美織と優一も驚いた表情でその四人の方に向かう。

 美織たち三人は、その四人に対して丁寧にお辞儀をした。


気が付いたあやめが挨拶する。

「おはようございます」

あやめも慌てて近づいて行く。そして、稽古場の全員に向いて、


「みなさんこちらへ集まってください」


 あやめの言葉に、園香そのかや奈々もそちらを見た。

「誰?」

奈々が園香の顔を見る。首を傾げる園香。


 今日は偶然ではあるが花村バレエのほとんどの生徒と、たくさんのお母さんたちが集まっていた。


「みなさん、今度の公演で協力頂く青山青葉あおやまあおばバレエ団の青山先生です」

花村真理子はなむらまりこに紹介された青山青葉あおやまあおばが会釈する。


 真理子の言葉に園香も奈々も驚いた。特に大人クラスの千春さんや彼女と一緒に教室に通っている数人は、まるで『神』をみるような表情だ。あの名門バレエ団の主催者が直々に花村バレエを訪れたのだ。


 青葉はやさしい表情で挨拶する。

「青山です。私たちのバレエ団は、今回の皆さんの記念公演にできる限りの協力させて頂きたいと考えています。既に私たちのバレエ団の関係の者がお世話になっているようですが、これからまた花村先生とお話させて頂きながら協力させて頂く者を決めさせて頂きます。よろしくお願いします。今日はたまたま四国に来る予定があったので、早速、寄らせて頂きました」


 この世界において日本で頂点にいる数人のうちの一人である。彼女は物腰柔らかく初めて顔を合わせるバレエ教室の生徒にも丁寧でやさしく接してくれる。


 真理子と青葉が何か話し始めた。

一緒に来ている三人はゲストダンサーなのだろうか?

園香と奈々は一緒に来ている男性が気になった。


 一人は園香や奈々と同じくらいの年齢に見えた。他の二人はまだ高校生か、もしかしたら中学生ぐらいではないかという初々しさがあった。

 三人ともまるでアイドルのような端正たんせいな顔立ちと清潔感があり、どこかあかぬけた感じがする。

 女子中学生や女子高校生ばかりでなく、周りにいるお母さんたちも彼らのことが気になっているようだ。

「かっこいい」「ほんと」

どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。

 あやめが振り返り、少し微笑み混じりににらみつける。


 園香も三人に心を奪われるように彼らを見つめていると、ふと彼女と同じくらいの年齢の男性と目が合った。

 スッとした色の白い端正な顔立ち、目が合うと彼は園香にやさしく微笑んでくれた。

 何か心臓が締め付けられるような衝撃を受けた。カッコいい……今まで感じたことがない感覚だった。


 隣にいた奈々が何かを察したように園香の顔をのぞき込み。

「カッコいいね」

「え? あ、うん、そうだね」

ニヤニヤしながら園香の顔を見る奈々に、少し怒ったような口調で奈々を睨みながら言う。

「なによ」

「顔、赤いよ」

「え?」


 そんな話をしていると、瑞希がそのイケメン男性の方に近づいて行き、何か親し気に話し始めた。

 園香は少し残念そうな顔をする。

瑞希さんの恋人なのだろうか?

そう思って見るとお似合いのカップルに見えた。二人の話している声が聞こえてくる。かなり仲がいいようだ。


「なんであんたが来るのよ」

「え? 先生が付いて来るように言うから」

「ええ、じゃあ、本当に、あんたが今回のゲストなの?」

瑞希が美織と優一の方を向く。二人が瑞希に頷く。


「ええ、ちょっと待って。この前、優一さんが『僕はドロッセルマイヤー』とか言ってたけど、あんた『くるみ』の王子やるの?」

「え、いや、それは優一さんじゃないの」

瑞希はこのイケメン男性を『あんた』呼ばわりだ。

絶対付き合ってる……と園香は思った。


 その時、青葉がもう一度、稽古場の全員に声を掛け、三人の男性の紹介を始めた。

「みなさん、紹介が遅くなってすみません。こちらの三人を紹介させて頂きます。」


 先程から気になっていたイケメン男性のところに行き、

「こちらは若手ですが、うちのバレエ団のプリンシパル河合恵人かわいけいと君です」

「よろしくお願いします」

その男性は紹介されて丁寧にお辞儀をした。


 園香は驚いた。

え? 彼、青山青葉あおやまあおばバレエ団のプリンシパルなの?

言葉を失い、奈々と顔を見合わせる。


 そこに瑞希が言葉を添えるように、

「私の弟です。よろしくお願いします」


「ええ!」

思わず園香が声を上げた。その声に周りのみんなも驚いた。


「そんなに驚いた?」

瑞希が困ったような顔をする。


「い、いえ」

顔を赤くして下を向く園香。微笑む恵人けいと。何かを察したように美織と優一が微笑む。


 青葉が紹介を続ける。

「それから、こちらが雪村希ゆきむらのぞみ君。こちらが月原静つきはらしずか君です。月原君は今年高校生になったんだっけ?」

「はい」

高校生と紹介された男性は初々しい微笑みながら頷く。

「うちのバレエ団のソリストです」

二人が丁寧にお辞儀をした。


 三人ともそれぞれイケメン男子だが、園香にとっては河合恵人かわいけいとがストライク男子だった。

 瑞希の恋人ではないことがわかって少し安心したが、同時に彼は名門バレエ団のプリンシパルであり、プリマを務めている瑞希の弟ということが分かった。

 それは園香に別の意味で近寄りがたい微妙な感じだと思わせた。


◇◇◇◇◇◇


 帰り際、真理子が園香と奈々を呼び止めた。この後少し打ち合わせをするので時間があったら、二人にも参加して欲しいということだった。

 特に用もなかったので参加することにした。場所は喫茶店エトワール。千春さんは嬉しそうだ。


 なぜか今日は稽古終わりにエトワールにお茶に行こうという生徒やお母さんがたくさんいるようだ。

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