第363話 ホールリハーサル前日 リハーサル(一)

 とおるが全員に声を掛け出演者、スタッフが集まった。今日は一通り途中で止めることなく通す。第一幕と第二幕の間で、一度休憩を入れるということだ。エキシビションと本編の間は、まだ、ナレーションの時間が決まっていないため五分程度の時間を見て繋げるという。

 スタッフの中には今回初めてリハーサルに参加する者もいた。オーケストラのメンバーはほとんどの者がここのバレエ教室のリハーサルを見るのは初めてだ。

 由香や一花いちかたち衣装のスタッフも準備している。花村バレエのスタッフやお母さんたちも緊張した表情でお互いに舞台中の段取りを確認する。

 今日も美和子と香保子かほこが手伝いに来てくれている。完全に今回の公演のスタッフとして認識され溶け込んでいる。周りのお母さんたちと話しながらリハーサルの流れを確認している。キッズクラスの子どもたちも二人に対して、まるで自分たちのお姉さんであるかのように接している。

 恵那えな久木田くきたと数人のオーケストラメンバーは準備ができたようだ。真理子、青葉あおばが稽古場の前の椅子に座る。花村バレエのスタッフが用意した数台のカメラ、瑞希みずきが用意したカメラが、リハーサルを撮影するためにセットされている。

 松野、佐由美、康子が青葉と徹の隣に立って見ている。


 この光景を園香そのかは、まるで夏に見た青山青葉あおやまあおばバレエ団の大教室のリハーサルだと思った。今まで経験したことがない緊張感に体が硬くなる。

 と、その時、ポンと肩を叩かれた。振り返ると恵人けいとが微笑む。

「緊張してる?」

「うん」

「そう、それはいいことだよ」

「え?」

 緊張をほぐすような事を言ってくれるかと思った園香は少し面食らった。

「この緊張感を楽しむんだ。これが舞台の醍醐味だよね」

「そう、そうね」

 園香も微笑んで返した。そうだ。これは舞台に立つ者しか味わえない緊張感。この緊張感を楽しもう。そう思えた。そう思うと、今回のこの大舞台は本当に今まで経験したことがないほどの緊張感と、そこから何か大きなものが得られる、そんな期待が園香を包んだ。


 クララ役の由奈ゆなとフリッツ役の信也が何かを確認する様に話をしている。いつきひかるの男子二人も、佐和や理央りおも真剣な表情で稽古場を見つめている。千春たち大人クラスのメンバーもお互いに何かを確認しながら緊張した面持おももちでエキシビションの六人に視線を向ける。

 キッズクラスのゆい知里ちさと、真由はクリスマスパーティーに向かう客人の衣装を着て嬉しそうに出番を待っている。


◇◇◇◇◇◇


 鏡の前に座って青葉と話していた真理子が立ち上がり全員に言う。

「それでは皆さんよろしくお願いします『くるみ割り人形』のリハーサル。エキシビションから通します」

「はい」

 と全員の声が稽古場に響く。


 エキシビションを踊る六人が舞台袖に当たる稽古場の袖につく。結局、時間のイメージをつかむためということもあり、六人全員、衣装を着てリハーサルをすることになった。

 稽古場で手伝いをするキッズクラスのお母さんたちも皆カメラを構えて撮影の準備をする。


 恵那がオーケストラのメンバーに目配せして指揮棒を構える。そして、真美の方に目を向ける。

 舞台袖ぶたいそで、稽古場のそででタンバリンを持った真美の準備が整った。

 真美が振り返り他のエキシビション出演者たちをうかがうように見る。全員が準備ができているという笑顔で頷く。

 真美が恵那の方に目線を向ける。恵那も微笑みながら頷く。

 最初の演目『エスメラルダ』のヴァリエーションは真美が舞台の中央に立って踊り始めるところから曲が始まる。

 静かな稽古場の中、真美がゆっくり舞台の中央(稽古場の中央)に歩いてゆく。

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