第364話 ホールリハーサル前日 リハーサル(二)

 真美が舞台(稽古場)の中央に立つ。恵那えなの指揮で情熱的、印象的な『エスメラルダ』のヴァリエーションの曲が流れ始める。稽古場で見ている全員が真美の全てを吸い込むような視線に、そして、輝きを放つような踊りに魅了される。

 小さなゆいも体を前に乗り出すようにして見ている。すみれと美織みおりが真剣な眼差しで真美を見つめる。瑞希みずきもストレッチをしながら強い視線を向ける。

 テクニックも表現力も非の打ち所がない。タンバリンを打つタイミングもまったくブレることがなく、完璧に見えるエスメラルダに園香そのかは圧倒された。

 真美もまた美織たちが踊るときの様にどこか余裕を感じさせる。テクニックが詰め込まれたヴァリエーションと言われる作品だが、真美の踊る姿は必死な雰囲気や一杯一杯という感じを微塵も感じさせない。


 それはそうだろう……全国コンクールで、この踊りを踊って二位に輝いた経歴を持つ真美だ。

 そんな真美の踊りを、どこか余裕さえ感じさせるような表情で瑞希が見ている。

 真美が全国二位になったその日、一位に輝いたのが瑞希だ。彼女の目に真美の踊りはどう見えているのだろう。

 この後、そのコンクールで一位に輝いた、まさに、その時踊った『ジゼル』のヴァリエーションを瑞希が踊る。

 その瑞希の前に踊ることになっている一美の表情にも緊張している様子は全く感じられない。真美の踊りをじっと見つめている。


 踊りの最後パートに右手で持ったタンバリンを頭の上に高くあげ、右足のつま先で蹴るようにしながら舞台を上奥かみおくから下前しもまえまで移動する振りがある。

 左足は右足で蹴る毎に一回一回プリエからポワントに立つ。

 最後の一番疲れたところで高度な技術とバランス感覚が要求されるテクニックだ。

特に、この踊りはタンバリンという楽器を使うため、曲とタイミングがずれるとバレエを初めて観る観客にも失敗したことが分かってしまう。危うい踊りをすると、初めてこの踊りを観る観客にも失敗するんじゃないかという不安を感じさせてしまう。

 そんな踊りを真美は完璧に踊り切る。観ている者を踊り、表現に集中させてくれる。全国コンクールで二位になる程の踊りなら当たり前かとも思えるが、それでも、この踊りを完璧に踊るのは凄いと思った。

 園香は改めて真美の実力を思い知らされた気がした。


 真美が踊り終わり最後のポーズ。

 見学席にいるお母さんたちばかりでなく、青山青葉あおやまあおばバレエ団の面々、オーケストラの団員たちからも拍手が鳴り響いた。

 瑞希も微笑みながら拍手を送る。真美に憧れていると言った佐和も拍手を送る。唯や知里、真由たちも嬉しそうに拍手をする。

 この雰囲気の中で、初っ端しょっぱなから、これだけの踊りができる真美に園香や奈々、美和子、香保子かほこも圧倒された。

 ルベランス(お辞儀)をしてそでに帰る。そでに控えている一美に微笑みすれ違う真美。


 一美がゆっくり舞台袖ぶたいそでから登場する。

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