第365話 ホールリハーサル前日 リハーサル(三)

 長いバレエの歴史の中で、クラシックバレエはコンテンポラリーやモダンバレエなど他の踊りと違って、同じ演目、同じ踊りを同じ曲で、世界中のダンサーに踊り継がれている。

 だからこそ分かる違いがある。曲も振り付けも違えば比べるのも難しいが、同じものを表現するからダンサーそれぞれの個性が際立ってくる。


 細かいテクニックや技術において一人一人のダンサーが個性を生かす、そのダンサーに合った振り付けで踊ることはあるが基本線は同じだ。ターンやジャンプは人によって何をするか違いはあれど、大体、この曲のこの部分では跳躍技を見せる、回転技を見せるという大枠は決まっている。

 そして、一つ一つのヴァリエーション(踊り)は、その役柄、場面の設定が決まっており、これは変えられない。その設定の中で表現する感情やキャラクターがあり、それをどう表現していくかがクラシックバレエのダンサー、振付家に求められる一つだろう。

 実際には作品の物語や場面設定について、振付家によって誰々版などという違いがあるものもある。その違いも小さな違いから大きな違いまで様々だが、定番といわれる基本線はある。


◇◇◇◇◇◇


 多岐川一美たきがわかずみが舞台の上奥に当たる場所に立つ。恵那えなと視線を交わし軽く頷く。

『白鳥の湖』第三幕、黒鳥と王子のグラン・パ・ド・ドゥの中で踊られる男性ヴァリエーション。王子ジークフリートのヴァリエーション。

 一美は踊り始め、美しいランベルセからグリッサード、後ろのカブリオールと繋げていく。軽やかなジャンプと繊細な技術はノーブルの踊りを引き立たせる。


 バレエの中でノーブルとは王子、姫など主役、あるいは気品のある役柄、それを踊るダンサーを指す。これに対して民族舞踊などキャラクターダンサーと呼ばれるものがある。ここの区分けは難しいヴァリエーションもあるが、チャイコフスキー三大バレエと呼ばれる『白鳥の湖』『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』の主役は代表的なノーブルだ。


 園香そのかはこの夏、青山青葉あおやまあおばバレエ団の公演で見た恵人けいとの踊りを思い出す。恵人の踊ったジークフリートは素晴らしかった。しかし、今、目の前で踊っている一美の踊りは、また、まったく違った気品と美しさを漂わせている。


 恵人と優一、とおるげん木島剣きじまけんというプロの男性ダンサーたちが刺すような視線で一美の踊りを見つめる。そればかりではない青山青葉バレエ団のダンサー、スタッフ全員の目線が今までになく厳しい目線で一美を見ているように見えた。

 しかし、その視線も気にならないという風に優雅に美しく踊る一美の姿に、いつしか恵人の表情に微笑みが広がる。

 隣で見ている園香も一美の踊りに見入っていた。一つ一つの丁寧な踊り方、所作に気品が漂う。なんて美しいのだろう。

 最後は舞台の中央奥からまっすぐ前に出てきながら三回連続のザンレール、そして、ピルエットから美しくポーズ。

 すべてに余裕を感じさせる一美の踊りに稽古場中から拍手が起こった。

王子の役柄をそのままにルベランス(お辞儀)をしてそでに帰ってくる。


「いいじゃん」

 すみれが微笑みながら一美に声を掛ける。すみれに頭を下げ、安心した様にそでで大きく呼吸をする一美。

「ふう、疲れた」

 恵人と優一が微笑む。元が一美の肩を叩きながら、何かアドバイスをする。一美が真剣な表情で頷きながら聞いていた。

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