第191話 小さなライバル 唯と瑠々

理香ーりかー! なにやってんの! 飛鳥あすかに合わせろ言うてんねん! 何回言わせんねん!」

 怒鳴り声と一緒に扇子せんすが飛びダンサーのトゥシューズに当たった。

 教室に入った途端、ゆいがビクッと首をすくめて立ち止まった。


「危なっ……怪我したらどうすんねん」

 誰からともなくダンサーから声が聞こえた。


「なに!」


 扇子を投げた女性バレエ教師がダンサーたちをにらむ。

「誰や『怪我したらどうする』言うたん。踊りがそろわんかったら、どうすんねん! ええ加減にしいや」

 扇子を拾いながら、もう一度、全員を睨み、背を向けて鏡の方に歩いて行く。歩きながら全員に言う。

「ところで、今、初めの方で音はずしたん、誰や」


 その踊りを踊っていたダンサーたちが黙り込む。


「三小節目。遅かったんは、右から二番目の知佳ちかちゃんやんなあ」

 小さな子どもの声が指摘した。


 唯がすみれと美織みおりを交互に見て小さな声で言う、

「四つ目で、右から三番目の人が早かったの」


「誰や」


 先程、扇子を投げたバレエ教師の隣で床に座っていた女の子が立ち上がった。手に小さなタンバリンを持っている。唯と同じくらいの女の子だ。


「どこの子や。間違えたんは右から二番目の知佳ちゃんや、知佳ちゃんが遅かったねん」

「ちがうもん。三番目の人が早かったもん」

 下を向く唯。

 唯に食って掛かってくる女の子に、すみれと美織が唯をかばう様に両脇に立つ。

 と、その時、真美が唯と女の子の間に割って入った。

「こら! 瑠々るる。なに、偉そう言うてんねん」

「なんや、真美ちゃんかい」

「なんやって、なんや、挨拶やなあ。瑠々るる、知佳ちゃんと、この唯ちゃんに『ごめんなさい』しい」

「なんで間違いを教えたったのに、瑠々るるが『ごめんなさい』しんといかんねん。間違えた知佳ちゃんに『ごめんなさい』しいて言いや。瑠々るるには『教えてくれて、ありがとう』やろ」


「二番目の人、間違えてないもん」

 うつむいて言う唯を、瑠々るるという女の子がまくし立てる。

「何や、この子、まだ言うてんのかい」

 真美があきれた表情で、

瑠々るる『なんや、この子』て、あんたも子どもやろ」


 園香そのかは驚いて、その光景を見ていた。美織みおりとすみれ、瑞希みずきも言葉を失い、なんて気の強い女の子だろうと呆然ぼうぜんと見入っていた。


 その時、後ろから静かな声がした。

瑠々るる、その女の子の言う通りや。間違いは四小節目の始まりのとこが早かった春香や」

 それまで、何を言われても激しく言葉を返していた瑠々るるという子が、急に大人しくなった。


 先程の扇子せんすの女性のそばに座っていた落ち着いた感じの美しい女性が静かに立ち上がり出演者の方を向く。


「休憩や。春香、ちょっとい」


 落ち着いた雰囲気の女性がこちらに近付いてきた。

「ごめんな。偉そうにきついこと言うて。お嬢ちゃん、ええ耳してるな」

 唯に微笑みながら近づき優しく頭を撫でる。唯も女性に微笑む。その女性は、すみれと美織、瑞希に会釈した。


 すみれが丁寧に挨拶する。

宝生ほうしょう先生、今回は招待して頂きありがとうございます」

 美織たちも、真美も頭を下げる。園香も、この人が宝生鈴ほうしょうりんという先生かと思いながら深々と頭を下げた。

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