第192話 小さな天才バレリーナ 唯と瑠々

 ゆい美織みおりたちを真似してお辞儀する。その姿を見て宝生ほうしょうが微笑み、

「お嬢ちゃん、ゆいちゃんいうの、礼儀正しい、いい子やね」

 もう一度、唯の頭をやさしく撫でて、やって来た春香というダンサーにアドバイスし始めた。



 瑠々るるという子が唯を見つめながら、

「耳はいいらしいな。瑠々るるはもうすぐ五歳になんねん。キューピッド踊れんねんで」

 持っていた小さなタンバリンをポンと鳴らして、

「ナポリも踊れんねんから。唯ちゃんいうたか、唯ちゃんは何か踊れんの?」

 唯が少し困ったように下を向きながら、

「キャンディ」

 と言うと、瑠々るるが微笑んで、

「ふうん『くるみ割り人形』のキャンディか。私は『ドンキ』のキューピッドが踊れる。それに『白鳥』のナポリも」

 そう言って、もう一度タンバリンをポンと鳴らして、唯にタンバリンを手渡した。

 唯が下を向いてほおを膨らます。


 瑠々るる園香そのかたちの前でバレエ『ドン・キホーテ』のキューピッドのヴァリエーションを最後まで踊って見せた。園香は少し驚いた、この年齢でソロヴァリエーションの振り付けを全部踊れる。しかも、バレエシューズとはいえ、バレエの基本を意識してなどというレベルではなく、きちんとバレエの基本を押さえてキューピッドを見事に踊り切った。

 すみれや美織みおりは少し怪訝な表情をしたものの、

「すごいじゃない」

 と瑠々るるを誉めた。

 瑠々るるが満足そうに微笑んで周りを見回した。



 次の瞬間……


 ターン……

 と突き抜けるようなタンバリンの音が稽古場に鳴り響いた。

 そして、ゆいがタンバリンを持った右手を斜め上後方にあげ、上体を美しくツイストさせる。左手を瑠々るるの方に差し伸べる。

 稽古場にいた休憩中のダンサー全員の目線が唯に集まった。唯の放つオーラが稽古場の全員の心を吸い込む。

 瑠々るるが後ずさりしてひざから崩れ、その場に座りこんだ。

 その後、数小節、エスメラルダのヴァリエーションを踊って見せた。


「誰や?」

 近くで春香という生徒に踊りのアドバイスをしていた宝生鈴ほうしょうりんと、鏡の前で橘麗たちばなうららと話していた宮崎美香、橘麗たちばなうららも、そして、ゆいの隣にいた、すみれと美織も。

 そこに居合わせた全員が目を見開く様にして唯を見た。


 宝生鈴ほうしょうりんと宮崎美香がやって来た。

 小さいが、タンバリンを持った手、両足を突きさすように美しい角度で開くエシャペ。体全体を美しくツイストさせる。表現、目線。


 ここに集まっているダンサーは様々なバレエ教室から選抜されたレベルの高いダンサーだ。その全員の視線が唯に集まり、稽古場の空気が静まり返った。


「誰や、その『エスメラルダ』は?」

 ポーズを取ったままの唯を見つめる宝生ほうしょう

 いつの間にか真理子と青葉あおば古都ことも来ていた。


 そばで見ていた美織が呟く様に口を開いた。

「このエスメラルダは……たぶん、唯ちゃん自身も見たことないと思うけど、このエスメラルダは……すみれさんよ」


 すみれが唯の美しい姿に心を奪われるように見入っていた。

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