第28話 キッズクラス

 昨日の帰り際、青葉あおば美織みおりを呼び止めて何か話をしていた。その後、美織が真理子とあやめのところに行き少し話をした後、青山青葉あおやまあおばバレエ団の人たちは帰った。


 奈々が帰ったあと、園香は千春と話をしていた。そこにあやめがやって来た。


「園香ちゃん、明日の練習来る?」

「はい」

「そう、よかった。明日、用事がなかったらでいいんだけど、午前中スタジオに来てくれない?」

「ええ、いいですよ。キッズクラスのお手伝いですか?」

「うん、青葉先生と美織さんが明日の午前中のレッスンを見たいっていうのよ。どんなことになるか分からないから、人手があった方がいいかなと思って、ごめんね」

「いいですよ、行きますよ」

「ありがとう。他のゲストは午後から来るみたい……」


 そんなやり取りがあって、園香は午前中のレッスンの手伝いに参加することになった。


◇◇◇◇◇◇


 どんな習い事でも、できるだけ早い時期から子供に習わせたいと考えられる親御さんがいるようだ。

 しかし、舞台に立つとなると言葉を理解することができるかということが大事になってくる。

 特に今回のような古典の全幕バレエでは童謡などに合わせて踊る発表会的な踊りを入れることができず、チャイコフスキーの『くるみ割り人形』の全幕曲で舞台に立つことになる。

 どういう演出をするかにもよるが、古典の全幕バレエで小さい子供を出演させることは作品上難しくなる。


◇◇◇◇◇◇


 真理子とあやめの意向もあり『くるみ割り人形』なら第一幕の『クリスマスパーティーの客人』としてと、第二幕の『キャンディボンボン』でジゴーニュおばさんと一緒にキャンディとして子供たちを舞台に出演させることが可能ではないかと考えた。

 この演出についても真理子とあやめは青葉に協力をあおいだ。そこで、青葉は子供たちが、どれだけ動けるか、バレエの動きができるか見てみたいということで美織と二人で見に来るという。


◇◇◇◇◇◇


 午前のキッズクラスのレッスンに子供たちが元気よくやってくる。今回の公演に参加する子で一番小さい子は三歳の子だという。


「おはようございまーす」「お は よ う ご ざ い ま す」


大きな声で元気に教室に入ってくる。


 美織はレオタードに着替え教室で待っていた。小さな子供たちは最初遠巻とおまきに美織を見ていた。どうしたらいいか分からないという感じだった。


 美織の方から子供たちに話しかける。

「今日はお姉さんと一緒にお稽古しようね」

そう言って微笑むと、緊張が解けたように子供たちが美織の周りに集まって来た。


◇◇◇◇◇◇


 童謡をピアノ曲にアレンジした曲を使う。あやめがレッスンを担当する。

「園香ちゃん手伝ってくれるかな」

「はい」

園香と北村がサポートに入る。


 青葉と真理子が話をしながら見ている。


 ルベランス(お辞儀)をしてレッスンに入る。

「はい、よろしくお願いします」

子供たちが元気に挨拶する。


「よ ろ し く お ね が い し ます」「よろしくお願いしまーす」


 三歳から小学生低学年まで、全部で十八人いる。三歳から小学生未満の子が八人。小学生低学年の子が十人いる。


 最初はストレッチ。小さな子供は体が柔らかい。しかし、これも個人差があってみんなが同じように柔らかいものでもない。


 床に座って前後左右に足を開く様にする。両足を前にそろえて体を前に倒す。上体をピッタリ太腿ふとももひざに付け自分の足先を持つ。

 床に伏せるように寝て両手で上体を起こす。そのまま上体をらし、足の両膝りょうひざを曲げ自分の頭とつま先をつける。

 そのまま右手、左手を上にキープ、両腕で大きくゆったり円を作るような形(アンオー)を作り、そのまま上体をらし、足のつま先を頭につけてキープする。


 真理子、あやめ、スタッフばかりでなく、見ているお母さんたちも驚く。どのストレッチ一つとっても小学生低学年以下の子供たちより美織みおりの方が柔らかい。


ゆいちゃん美織さんに見惚みとれてないの」

あやめが注意する。


 微笑みながら青葉あおばがフロアに歩いて行き、体が硬くて苦しそうにストレッチしている子をやさしくサポートしていく。


「美織お姉さん昨日上手に踊ったでしょう。でも小さい頃は他のお友達より体が硬くて踊るのが苦手だったのよ。いつも上手く踊れなくて悔しそうにしてた……でも、一生懸命ストレッチして、体が柔らかくなったの」


 小さな子供たちは頷きながら青葉の話を聞き入っていた。園香や他のスタッフはその話に驚いた。


 低いバーを使って、足を一番ポジションにして、ひざを曲げる動きやつま先で立つ練習をする。

 そしてタンジュ、軸足を動かさないようにして、動かす足は足裏で床をこするように前後左右につま先が床から離れないところまで動かす。

 それから、いくつかの簡単な動きをした後、最後にバーを持ってジャンプをした。


 センターでは稽古場を斜めに歩く練習、スキップやギャロップ。稽古場で大きく円を描く様にスキップする。その場でジャンプ。そして稽古場を斜めに使って大きくジャンプ。


 少し簡単な振り付けで踊る練習をする。


 そして最後にルベランス(お辞儀)をして終わる。

「あ り が と う ご ざ い ま し た」

「ありがとうございました」

……

 大きな声で挨拶をする。微笑みながら美織も挨拶をする。


◇◇◇◇◇◇


 キッズクラス生徒とお母さんたちはほとんどが今日も午後からのレッスンを見学するという。稽古場にある見学スペースで簡単に食事を済ませる者。隣の喫茶店エトワールに食事に行く者もいた。


 青葉と美織は二人で何か話をしていた。気になるあやめやスタッフたち。真理子が声を掛けて、青葉たちもエトワールに行くことになった。


◇◇◇◇◇◇


 休日のエトワールは一般のお客さんもたくさん来ていた。千春に案内され外の通りが見える席に案内された。観光客らしい大きなバッグを持った家族連れや団体が店の外を歩いて行く。ゴールデンウィークらしい光景が町には流れていた。

 瑞希みずきと優一、ゲスト男性たちがエトワールにやって来た。青葉とゲストの三人はこの近くのホテルに泊まっているということだった。


◇◇◇◇◇◇


 青葉と美織の評価はお世辞を抜きにして、キッズクラスの子たちは基礎練習がよくできているというものだった。


 幼いながらもバレエを学んでいる子のかわいらしさがある。できていないまでも足を開くこと、手のポジションなど、きちんとバレエの形にしようと意識して頑張っていることが分かる。

 全部とは言えないが、適当に振付を真似まねしているのではなくバレエとして気を付けるところを意識しながら踊れているという。


◇◇◇◇◇◇


 踊りを見せる第二幕の『キャンディボンボン』は大丈夫だという青葉の判断で、振り付け、演出は美織と花村バレエのスタッフでということになった。


 そして、演技で見せる第一幕『クリスマスパーティーの客人』として参加する子供たちの演出は青葉が考えるということになった。

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