第312話 『くるみ割り人形』キャンディボンボンから

 瑞希みずきが『キャンディボンボン』の子どもたちに声を掛ける。

「曲入りまーす」

 子どもたちが静かに大きく手をあげる。


 曲が入り元気いっぱいに踊るキッズクラスの子どもたち、先程までの『ラ・バヤデール』の神聖な空気から一転『くるみ割り人形』第二幕のファンタジーの世界に空気が変わった。


 山野バレエの美佐子、詩保ばかりでなく、先程『ラ・バヤデール』の『かげの場』を踊った生徒たちも、周りにいる見学者たちも、皆、この『キャンディ』を最年少の子どもたちが踊る可愛らしいだけの作品と思っていた。

 花村バレエのキッズクラスの生徒たちが踊り始めて、見ている者全員の表情が見る見る変わっていく。言葉を失い隣にいる人と顔を見合わせ目を丸くする者もいた。

 踊っている子どもたちの年齢と目の前で繰り広げられる踊りのレベルが相応そうおうと思えない。違和感を感じるほどのレベルの高さだ。

 特に一番小さなゆいと真由を可愛らしい、微笑ましいという目線で見ていた全ての見学者の顔から笑顔が消え、驚きの表情に変わった。

 踊り終わって笑顔でポーズを取る子どもたち。一瞬遅れて稽古場が拍手に包まれた。


 その後続けて『あし笛』佐和、玲子、優一が登場し踊り始める。この踊りにも見学者たちは意表を突かれた。

 同じ市内のバレエ教室で佐和と玲子の踊りは、今までにも花村バレエの公演や発表会、バレエ協会の講習会などで二人のレベルは十分知っていた。

 優一は青山青葉あおやまあおばバレエ団のプリンシパルで世界が認めるバレエダンサーだ。もちろん彼のサポートは気品、技術、表現力、あらゆる点で素人目にもわかる最高レベルのものだが、その彼と並んで踊っている、佐和と玲子が踊らされているという感じではなく、まったく対等にプリンシパルという雰囲気をかもして踊っている。

 優一のお陰という感じは微塵も感じられない優一の隣で相応そうおうしい技術と表現力を持って踊っている。

 佐和と玲子がこれほど上手だったのか? それとも、この短期間で二人をここまで上達させたのは、すみれや美織みおりの技量なのか?

 山野美佐子と詩保は驚きを隠せなかった。佐和と玲子だけではない、先程のキッズの子どもたちもだ。そればかりか、山野バレエの『バヤデルカ』のコールド(群舞)も先程の数分のアドバイスで見違えるほど変わったように思えた。

 それほど指導力がけているのか? 本人の踊りの技量は世界が認めるダンサーたちだ、しかし、指導力においても、これほどレベルの高いダンサーたちなのかと、美佐子と詩保は目の前で繰り広げられる踊りに言葉が出なかった。

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