第218話 新しい出演者

 今回の公演練習は六月から始まった。今は九月だ。この三か月の間に、見学に来て花村バレエに入会した生徒もいる。キッズクラス、小学生クラスに何名か新しい生徒が入った。この生徒たちも十二月の公演には出演する。十二月までレッスンに参加するのに記念公演に出演できないというのは可哀そうなことだし、せっかくバレエを始めたのに続かなくなる可能性もある。

 真理子とあやめはそう考え、すみれや美織みおりに相談した。すみれから第一幕の客人と、ねずみか兵隊人形として出演させるという提案が出た。


 そして、もう一人、この間に花村バレエに入った鹿島真美かしままみがいる。彼女については、すみれと美織が、第一幕の客人、第二幕の『花のワルツ』『終曲のワルツ』で踊って欲しいという提案をした。

 本当は『雪の場』にも出て欲しいという思いがあったが、この踊りは二十四人という出演者が決まっていた。この人数を増やすことはできないし、既に決まっているダンサーを代えることもできない。

 真理子もあやめも真美に出演して欲しいという思いが強かったこともあり、すみれの提案はすぐに取り上げられた。それから間もなく、すみれと美織が真美に振り付けをしたのだが、周りの者たちは皆、改めて真美のクォリティの高さに驚かされた。想像以上に早く振りを覚える真美、そして、その完成度の高さ。


「真美ちゃん、すごいね」

 リハーサル前に足を慣らしている真美を見ながら園香そのかが呟く。

「え?」

「真美ちゃんのレベルの高さに、みんな驚いてるよ」

「ええ、主役が何言うてんねん。そのちゃんもすごいで」

「いや、私なんかより真美ちゃんの方がずっとすごいよ」

「え、そうかぁ? じゃあ、私と主役代わるか?」

「え」

「冗談、冗談、でも、主役が真面目な顔して『私よりすごい』とか言わんといてな」

「……」

「小さい子や小学生が見てるで、それに中学生や高校生が見て、なんであの人が主役なん? て思たら……な。だから、そう思うても『真美ちゃん、あんたも、なかなかやるなあ』ぐらいに言うといたらええねん」

 微笑みながら言う真美を見ていると、園香も、なんだか笑顔になれた。

「なんか自信が出てきた」

 園香が微笑む。

「そうやろ。まあ、そうは言うても、私はすごいけどな」

 真美と話をしていると、園香も自然に笑顔になれた。園香の表情を見て真美が言う。

「そう、その笑顔やん」


 近くで小学生と中学生がピルエット(片足で回転するターン)の練習をしている。

「すごい、美紀ちゃん、三回転回った」「すごーい」


 小学生、中学生たちを横目に見ながら、真美がトゥシューズを慣らし、ウォーミングアップをするように腕を回し、プレパレーション(バレエの動きに入る準備)を取ると、スッとピルエットを回る。かろやかに美しく八回転回ったあと何事もなかったように歩いて行った。

 近くで練習をしていた小学生、中学生ばかりでなく、リハーサルの準備をしていた青山青葉あおやまあおばバレエ団のダンサーたち、稽古場にいた花村バレエのバレエ教師や生徒たち、見学席にいたお母さんたちも静まり返った。

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