第256話 リハーサル スペインの踊り 真美

 スペインの踊り

 牧村奈々まきむらなな、鹿島真美、雪村希ゆきむらのぞみ月原静つきはらしずか代役だいやく)の四人が踊る。


 園香そのかは息を呑んで曲が始まる瞬間を待った。


 奈々は小さい頃から花村バレエで園香と一緒に頑張ってきた親友だ。昨年は花村バレエの公演『眠れる森の美女』で主役オーロラ姫を踊り県内のバレエ関係者、バレエ教師やたくさんのレッスン生から好評を博した。花村バレエの誰もが実力を認めるバレリーナだ。


 一方、真美については、園香と同じ大学に通い、つい最近バレエ経験者ということを知った。この二か月ほどで、急に仲良くなり、園香の紹介で花村バレエに入会してきた。

 この短い期間、彼女と一緒に過ごしたり、バレエのレッスンを受けたりして、彼女はバレエ経験者の中でも、かなりの実力者であることがわかった。

 大阪弁でサバサバした感じの喋り方もあって、親しみやすいことが先行してバレエの実力より、その独特のキャラクターばかりが目立つ女性だった。

 しかし、また一方で、行く先々で彼女の実力を知る人に出会った。しかも、彼女のことを知っているダンサーたちは誰も皆すごいダンサーばかりだった。

 こうして、きちんと彼女が一つの作品を踊る姿を見るのは初めてだった。


 舞台後方でスペインの踊り特有のポーズを取る四人。まだ、踊り始めていない状況で、おそらく今この稽古場でリハーサルを見ている誰もが、真美の姿に目を奪われている。


 曲が始まり、そのポーズを取った位置から、舞台中央まで四人が横並びで出てくる。トランペットの軽快な音色に合わせて四人が並んで踊る。

 アチチュードなどクラシックバレエのポジションに入ると、あからさまに真美と他のダンサーの実力の差が分かる。スペインの民族舞踊特有の細かい足さばきなども正確に音取おとどりをする真美の技術の高さにとおる青葉あおばも感嘆の溜息を漏らす。

 すみれと美織みおりも真美の踊りを見つめている。青山青葉あおやまあおばバレエ団の団員たちに見られながら、まったく動じる様子もなく自分の踊りを踊る。げんが踊っているのぞみしずかと目を合わせ苦笑しながら首を振る。それを見た優一も天井を見るような素振りを見せて、美織の方を見る。美織が優一の視線に気付き、すみれの方に目をやり微笑む。すみれも下を向いてクスッと笑う。


 見学席で見ているお母さんたちも、最初は真美のことを、この人はどういう人なのだろうという目で見ていたが、この踊りを見て一気に見る目が変ったようだ。素人目にも、とんでもないダンサーだということがわかった。


 園香は今まで言葉だけで全国コンクール二位ですごいなどと言っていたが、真美の実力が、これほどのものかと改めて驚いた、今まで、真美に会う人会う人が、名前を知っていたというのが納得できる。

 東京で初めて佐和が真美に会ったとき、私は瑞希みずきさんより真美さんの踊りが好きと言った言葉が、単なるお世辞ではないのがわかった。コンクールの順位に関係なく真美の踊りの方が好きという人もいると納得できた。

 彼女の踊りには、人を惹きつける魅力がある。

 佐和が羨望の眼差しで見つめている。自分の憧れのダンサーは、やはり真美だと確信したような眼差しにも見えた。

 美織と瑞希が目を合わせて微笑む。彼女が、また、バレリーナとして自信を取り戻して踊っているのを感じ取ったようだ。

 真美の自信に溢れた踊り、それは園香にもわかった。そして、他の見学者同様、彼女がとんでもないレベルのダンサーだということが、これではっきりわかった。


 ゆいと真由も顔を見合わせて微笑む。今まで優しく接してくれて、何かと一緒にいる時間の多かった真美がすごいお姉さんだったということが嬉しかったようだ。


 踊り終わってポーズを取る。見ている者全員の視線を、真美が一人で持っていったような一曲だった。


 青葉あおばと真理子が拍手を送る。今回、手伝いに来てくれている青山青葉あおやまあおばバレエ団の団員、スタッフ、見学者たちも全員大きな拍手を送った。

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