第353話 瑠々への出演依頼(二)

 その後、すみれと真理子が美香と瑠々るるのお母さんに細かいスケジュールの連絡をした。

 改めて、今回の瑠々るるの出演依頼について色々なことを説明した。

 花村バレエの葉月知里はづきちさとという子が、お父さんの転勤で公演メンバーから離脱する。知里が出演する予定の演目は『キャンディボンボン』『花のワルツ』『終曲のワルツ』『ねずみと兵隊人形の戦い』の四曲。後は第一幕のクリスマスパーティーの客人として舞台で演技をする。ここまでの説明でも、あと一ヵ月という期間を考えると出演する曲がかなり多いとわかる。


 更に、すみれから、今回のスケジュールで大切な事として、ホールリハーサルの日まで知里がいること、そして、このホールリハーサルが知里の『お別れリハーサル』になるということも伝えた。


 美香が状況を察する様に言う。

「要するに、ホールリハーサル前に瑠々るるが花村バレエに行ったら、知里ちゃんの『お別れリハーサル』を台無しにしてしまう。知里ちゃんがいるのに、もう、後釜あとがまを構えてるってなるもんなあ。あくまで知里ちゃんが花村バレエを去ってから、瑠々が登場する感じなんやな」

 すみれと園香そのか、真理子が頷く。

 美香が続ける。

「話はようわかった。私らが花村バレエの皆の前に登場するんわ。ホールリハーサルが終わってからや」

 すみれが頭を下げて礼を言った。真理子と園香も頭を下げる。


 美香がすみれたちに思いを伝える。

「ただ、うちらもな、この話を知って……出演することが分かってるのに、今からホールリハーサルの日まで何もせずに待って、その時点で本番まで一ヵ月切ってるって時期にゼロから皆に合流するいうのは……こっちもきついわな」

「そうですね」

 すみれが頷く。


「そやから、早急に公演のリハーサルビデオを送って欲しい。できるだけ遠景えんけいで撮影したやつ。知里ちゃんが分かるやつで『キャンディ』『花のワルツ』『終曲のワルツ』『子ねずみと兵隊人形の戦い』それらが撮影されてるやつ」

「はい」

「そして、もう一つや。ホールリハーサルは絶対に誰にも気付かれへんように行くから客席から見させて欲しい。瑠々るると私の二人、一番後ろの席でええから、公演の全体の流れと『くるみ割り人形』の流れを見ておきたい。そやから、リハーサルの当日、ホールの客席に入るんを許可して欲しい」

「わかりました。いいですよ」

 すみれが頷いた。真理子と園香も頷いた。

 すみれが言葉を続ける。

「実は、ホールリハーサル当日は知里ちゃんの親族の方々と知里ちゃんの幼稚園の友達や関係者の方々に観を招待させて頂くようにしているんです。ですから、美香先生たちも、どうぞ、ホールの客席で観てください」

 美香が頷き瑠々るるを見る。

「ありがとう。じゃあ、ホールリハーサルの日、瑠々るると行かせてもらうわな」

「お願いします」

 すみれたちが頭を下げる。


 美香が瑠々るるに微笑みながら言う。

「ほな、瑠々るる、花村バレエに『くるみ割り人形』踊りに行くで」

 瑠々るるが笑顔で大きく頷いた。


 瑠々るるの出演交渉が成立した。

 知里の離脱後、瑠々るるが出演してくれる。


 園香たちは改めて美香たちに礼を言い。宮崎美香バレエスタジオを後にした。


◇◇◇◇◇◇


 帰りの飛行機の中で、園香は気になっていた事をすみれに聞いてみた。

「すみれさん、美香先生がパンフレットに広告を出して下さいって、言ったとき、すみれさんかすかに笑ってたように見えたんですけど、あれはどういうことですか? 関西のバレエ関係者がたくさん来るといっても、美香先生のバレエ教室が、今更、広告って、他の教室に対する何かのアピールですか?」

 すみれが微笑みながら園香を見つめて言う。

「真理子先生が、美香先生と瑠々るるちゃんとお母さんの旅費と宿泊代を、うちのバレエ教室に支払うと言ったわよね」

「ええ、まあ、それはゲストで来て頂くんだから」

「園香ちゃんの言う通り、今更、関西の名門バレエ教室、宮崎美香バレエスタジオの広告なんかパンフレットに載せなくてもいいわよ。でも、パンフレットに広告を出してもらったら、どうなる? 載せてもらった美香先生は、うちのバレエ教室に広告掲載料を払うことになる」

「え! それは」

「多分、美香先生は、自分たちが支払ってもらった旅費と宿泊代分の広告料を払うつもりじゃないかしら……つまり、うちが出費した三人の旅費と宿泊代を広告料で返してくるつもりよ」

「そんな……」

「花村バレエが三人の旅費と宿泊代を払うでしょう。これを美香先生が広告料で花村バレエに返したら、結局、美香先生が三人分の旅費、宿泊代を払ったことになるわよね。花村バレエが支払う三人分の費用は全部チャラになる」

「そ、そういう事だったんですか……」

「美香先生……扇子せんすを投げるだけの、怖い、とんでもないバレエ教師じゃないでしょ」

 すみれが微笑む。


 園香はその美香の心に感銘を受けた。

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