第103話 青山青葉バレエ団 美織~唯への思い

 レッスン前に、少し、ゆいのお母さんと話をした。

 もともとお母さんは神奈川の出身で青山青葉あおやまあおばバレエ団に憧れていたという。唯にバレエを始めさせたのも、そんな思いがあったからだそうだ。

 今回、美織みおり瑞希みずきが花村バレエに来たことで、益々、青山青葉バレエ団への思いが強くなったという。これを機会に母と子で神奈川に移り住み、ここに唯を通わせたいという思いまで芽生えてきたという。

 美織や瑞希にしても、青山青葉バレエ団を気に入ってくれているというのは嬉しいことだったが、家族もある中で、さすがに、そこまでするのはどうかという思いがした。確か、ご主人さんが地元高知で仕事をされていると聞いたことがあった。


 芸術や芸能、スポーツの世界、時には受験の世界でも、頑張ろうと思うあまり、周りから見ると少し行き過ぎではないかと思う行動に至る家族を見ることがある。


◇◇◇◇◇◇


 美織の中に思いがある。ここでなくてもある程度の年齢まで……

 少なくとも、余程、中学校を卒業してすぐ、あるいはそれ以下の年齢で海外を目指す。将来、早い時期から海外でやっていくなどという場合でなければ、今通っている花村バレエでよいと思った。


 若者の登竜門と呼ばれる国際バレエコンクールなどを目指す場合は、早い時期から、ここに通うというのも一つかもしれない。

 古典ばかりでなくコンテンポラリーの技術、表現、振付など、いろいろな先生方の協力を仰がなければならない局面がいずれ出てくる。

 そういう時期が訪れたときは首都圏や関西の都市圏にいた方がよいかもしれない。

 首都圏や関西圏の大きなバレエ団や海外への実績のあるバレエ団、バレエ教室では周りの生徒の意識が違うということもあるかもしれない。


 たとえば、それは受験やスポーツの世界でも同じようなことがある。中学受験で地方から首都圏や関西圏の名門校を目指すお子様もいる。そんなとき周りのお子様や親御さんから「なんでそんなところを目指すの?」「地元でいいじゃない?」という冷めた目で見られる。

 スポーツで才能があって「オリンピックを目指したい」と言っても周りから相手にしてもらえず、お子様自身も「無理なんだ」と諦める。

 しかし、その子と同じくらいの素質のお子様でも首都圏や関西圏では、その年齢から本気で頑張っているお子様がたくさんいたりする。本気でサポートしてくれる大人や一緒に頑張る仲間がいたり、そういう場所が身近にあったりする。


 ここのバレエ学校に通えば、素質やレベルは地方のバレエ教室のバレリーナと然程さほど変わらなくても『本気で海外を目指し、夢を語れる仲間がいる』そういう環境の違いはあるだろう。


 しかし、そこで頑張っていくには、明確な目標が親子、家族で共有され、その世界でやっていく覚悟が必要である。


 美織の中に、一時的な憧れや気持ちの動きで決めるのはどうか……という思いがあった。

 一旦、それを始めると、家族全員が、もう元の普通の生活には戻れなくなる場合がある。


 瑞希みずき恵人けいと、優一、そして、すみれは、この名門バレエ団に所属して誰よりも可能性があった。その中で、彼女たちは、それを選ばなかった。


 このバレエ団、バレエ学校の生徒の中で、若くして海外を目指す者をたくさん見てきた。成功した者、成功しなかった者、途中で怪我やメンタル面で挫折し挑戦すらできなかった者。


 美織は唯とお母さんを見て、まだ、家族と離れてまで、ここに来るのは、早い気がした。

 そして、花村バレエで学ぶという道で、まったく問題ない気がした。

 なんなら、花村バレエから国際コンクールは十分目指せるし、それをステップに海外の道もあると、美織の感覚ではっきり確信できる。


 美織は思った。

 花村バレエで学べば、もう少し唯が大きくなって、唯自身が、それを望めば、自分も彼女が国際コンクールに出場できるよう教えられる自信はあった。

 それに、優一もいる。

 頼れば、すみれが来てくれる。海外を知っている古都こともいる。


 それに何より、花村バレエで最高の指導が受けられる。

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