第102話 青山青葉バレエ団 キッズクラス
「すみません。ちょっといいですか?」
一階でキッズクラスを担当していたバレエ教師が二人、
「実は体験レッスンでいらっしゃってるお子様が一人お稽古に馴染めなくて、せっかく遠方からいらっしゃってるので、なんとかしてあげたいのですが……」
「そう、今、いらっしゃるの?」
「はい、今からのレッスンなんです。一昨日もいらっしゃってたのですが、その時も馴染めなかったようで……今日もせっかくいらっしゃっているのに、お子様が……」
二人は
「私が行ってみましょうか」
「え、美織。助けてくれるの?」
青葉が言葉を添えるように、
「美織さん、行ってみてくれる?」
と言う。
頷き教室に向かおうとする美織だったが、
「そうだ、
と園香と真美の二人に声を掛ける。突然、小さい子供たちのクラスを見に行くことになった。
園香も真美も、それぞれ自分の通っていたバレエ教室で小さい子供を見たことはあった。しかし、初めての子供は、さすがにどうだろう……という思いもあった。
◇◇◇◇◇◇
クラスはいつもレッスンを受けている仲のいい友達同士という子供たちが多いが、オープンクラスの形式を取っており、体験レッスンとして参加することもできた。すぐに友達の中に溶け込んでいく子もいれば、そうでない子もいる。
一昨日からレッスンを受けている女の子で、遠方から来ている子が一人いるそうだ。せっかく来ているのに、周りに馴染めず、寂しそうにしている。なんとかしてあげたいと担当の二人が言う。
「そのお子さん高知からいらっしゃってるようなの。そういえば、
「そうよ。この二人もそうなの」
園香と真美の方に目を向ける。真美は一瞬微妙な表情をしたが頷く。
美織の同期の担当バレエ教師は園香たちに微笑んで会釈したあと話を続ける。
「東京に来ることがあって、お母さまが、お子様にレッスンを受けさせたいって来てるんだけど、お子様が知らない子ばかりで馴染めないみたいで」
「そうなんだ」
「せっかく遠くから来てくれてるのに、寂しい思いをして帰るのは可哀そうで……それに、お母さまは、ここのこと気に入って来て下さったみたいなんだけど、なんか、いやな思いをして帰られたら、私たちも、いやじゃない」
「そうだよね。せっかく、来てくれたのに。子供さんにとって嫌な思い出になったら、可哀そうだものね。私が見てみるよ」
「美織がレッスンしてくれるの?」
「そうだね。私と、この二人で」
「ありがとう。美織、あなた、なんか子供たちとは相性いいものね」
嬉しそうに微笑む美織。
そこは一階の大教室の隣の教室だった。この教室も花村バレエの教室より大きい。
美織たちが教室に向かっていると、ちょうど
「あら、瑞希。終わったの?」
「はい」
「ちょうどよかった。今からキッズクラスの手伝いにいくの。手伝ってくれない?」
「ええ、いいですよ」
美織が
教室には三歳から小学生前の子供まで三十人ほどの子供が楽しそうに話をしたり遊んだりしている。教室は見学できるようになっていて、たくさんのお母さんたちが周りで見ている。
美織たちが教室に入って来たことで教室がざわめいた。
「美織さんよ」「瑞希さんも一緒よ」「なんで、こんな小さい子のクラスに美織さんと瑞希さんが……」
お母さんたちが美織と瑞希を羨望の眼差しで見つめる。スターダンサーが多く所属するバレエ団だが、子供を通わせていても、なかなか、そんなすごいダンサーと顔を合わせることはない。
子供を通わせていてもプリンシパル級のバレリーナを目にすることはほとんどなかった。
美織が教室を見回すと隅の方で下を向いて寂しそうにしている女の子がいる。
「あの子なんです」
「あら、あの子?」
美織たちが顔を見合わせる。
「先生、おはようございます」「おはようございます」「おはようございます」
美織たちに気付いた子供たちが元気に挨拶してくる。
その女の子は顔も上げず下を向いたままだった。
美織が女の子の前に座るようにしても下をむいたままでこっちを見ようとしない。
女の子の顔を覗き込むようにしてやさしく声を掛ける、
「
その声に女の子は驚いたように顔を上げる。
美織が微笑む。女の子は花村バレエの唯だった。唯の表情はみるみる明るい笑顔に変わっていった。
「美織先生!」
「うん、唯ちゃん」
「美織先生!」
「唯ちゃん、ここにお稽古に来たのね。せっかく来たんだから、先生たちと一緒に踊ろうか」
「うん」
美織に飛びついていく唯。美織が唯を抱っこする。唯は美織に抱っこされて嬉しそうに、かわいらしく体を動かす。
唯が美織の後ろにいた園香たちにも気付いて微笑み話しかけてくる。
「お姉ちゃんたちも踊りに来たの?」
頷く園香と真美、瑞希。
真美は最初、この子は誰だろう……という顔をしていたが、すぐに花村バレエで美織のタンバリンに興味を持って楽しそうにしていた子だと思い出した。
美織は見学席で見ている唯のお母さんに気付いた。唯を抱っこして、お母さんのところに歩いて行く。
「遠いところいらっしゃったのですね。唯ちゃん、もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
お母さんの顔に笑顔が戻った。
「このレッスンは私が受け持ちます」
美織の、この言葉にもう一度見学席がざわめいた。
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