第220話 花のワルツのあとに 真美

 休憩に入って、園香そのかはもう一度、恵人けいとと振りと『花のワルツ』の中での動きを確認した。

 園香が稽古場を見回すと、先程『花のワルツ』のリハーサル前にピルエットを回っていた中学生や小学生たちが真美の周りに集まっていた。

 急に周りを囲まれて驚いた表情の真美だったが、まるで大スターを見るような眼差しで集まってきた中学生や小学生たちに『花のワルツ』の振りを丁寧に教えてあげていた。


 園香や恵人の目から見ても、真美は、さすが関西出身のバレリーナという感じだった。パッと見た目には、そのテクニックの凄さと卓越した表現力に目を奪われがちだが、そのテクニックや表現力は、小さい頃から叩き込まれてきたであろう繊細なバレエの技術の上にある華やかなテクニックであることがはっきりわかる。


 集まってきた中学生や小学生にジャンプやこまやかなステップを丁寧に教え、その大切さを優しく伝えていた。彼女が身に付けている技術は基本をきちんと押さえた上での超絶なテクニックである。


「ここは必ず五番から五番やで、ほんの少しでも雑になったらあかん」

「はい」「はい」「はい」

 中学生や小学生たちが真剣な眼差しで聞いている。

「ここは全員がそろわんとあかん。全員や、全員がきちんと合わさなあかんで、そろわんかったら、そろてないとこだけに、お客さん全員の目がいってしもうて、せっかく、みんなが頑張ってそろえてる美しさに目がいかんようになる」

「はい」「はい」「はい」

「よく『心の琴線きんせんに触れる』とか『なんかわからんけど、感動して涙が出た』とか言うやろ。あれは派手なテクニックやないねん。例えば、ほんの少しの動きで顔をそろえるとか、体の向きを変えるとか、誰でもできるような些細な事、細かい表現を、全員でそろえるとかな、そういうことをさりげなくされたとき、見てるお客さんは自分が何に感動したか、気が付かんねん……でも、心のどこかで、その凄さを感じ取るんやろうな。そんなとき人は言うねん『自然に涙が出た』とかな」

 いつしか、真美の周りにいた中学生、小学生だけでなく、教室にいた全員が聴き入っていた。


「だから『そろえる』ねん。まずは振りを『そろえる』ねん。動きを『そろえる』ねん。そして、ダンサー全員の心がそろうたとき、すごいパワー、エネルギーになってお客さんの心に響くねん」

「はい」「はい」「はい」


「体の向きも、顔の向きも腕の高さも、小さなジャンプも……バレエは体操やない。競技やない。バレエは芸術やからな」

「はい」「はい」「はい」


「高く跳んだら勝ちとか、たくさん回った方が上とかじゃないんねん。その曲、音をどう取るか、どう表現するかや。それがお客さんの心にどれだけ響くかや。そのために三回転が必要やったら、四回転は回れる技術がないと余裕のある三回転ができひんなるわな」

 頷く中学生、小学生たち。


「さっきダンサー全員の心がそろうたとき言うたけど、それだけやなかったなあ。出演者全員とスタッフの人も、いつも応援してくれているお母さんたちも皆やな、その皆の気持ちが本番のホール、劇場で一つにそろうたとき、劇場の空気が震える……劇場の空気が味方に付いてくれるねん」


 すみれと美織みおり、真理子や青葉あおば青山青葉あおやまあおばバレエ団の団員も、中学生や小学生にバレエを語る真美を見つめていた。

 バレエの名教師と噂される宮崎美香のもとで小さい頃からバレエを学び鍛えられた真美の姿に、宮崎美香のバレエを見た気がした。

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