第221話 終曲のワルツから由奈へ

 今日の最後の練習は、バレエ『くるみ割り人形』のお菓子の国の最後のワルツ。園香そのか恵人けいとのグラン・パ・ド・ドゥの後、全員で踊るワルツだ。

終曲のワルツは全出演者たちが踊る華やかな踊りの中に、曲の中盤、それぞれのディベルティスマン『スペイン』『アラビア』『中国』『ロシア』『あし笛』とメドレーの様に順番に踊る場面がある。

 終盤、全員で華やかに踊るワルツは、その迫力に圧倒される。今回の舞台では主役の園香、恵人の周りを美織みおりやすみれ、古都こと瑞希みずきとおるたちが固めている。その周りのダンサーたちの踊りに見応えがある。普段なら名門バレエ団の主役を演じているダンサーたちばかりだ。

 そして、お菓子の国の華やかなワルツが終わり、一転して、朝のシュタールバウムの屋敷で夢から目覚めるクララ。

 クララ役の由奈ゆながくるみ割り人形を抱いて幕が閉じるシーンはさわやかで美しい感動を与える。


 この日は、ここまで通して青葉あおば、真理子からアドバイスをもらい、もう一度振りを確認した。


 今回、ねずみの王様役をするげんがクララ役の由奈ゆなに最後のシーンの演技を細かくアドバイスしている。そばで見ていた園香や真美は、元の繊細な演技に目を奪われる。まるで少女クララのような初々しい女性の所作を見事に演じて見せる。

 由奈が真剣な表情で何度も演技を確認する。

 すみれと美織みおり古都ことも加わり、細かいの取り方や顔の角度、歩き方を指導する。


 気が付くとキッズクラスのゆいや真由から大人クラスまで出演者全員、そればかりでなくスタッフ、見学席で見ているお母さんたちまで、稽古場にいる全員が、すみれや古都ことげん由奈ゆなに対するアドバイスに見入っていた。


 すみれが由奈の演技をやって見せる。その表現力に圧倒される。それはここまで、この作品を演じてきた出演者全員の思いを、すべてこの瞬間に凝縮させたような繊細で、言葉にできないほど美しいオーラを放っていた。


 すみれが由奈に優しく語りかける。

「できそう?」

 由奈が自信なさそうに頷く。古都が隣から添える様に、

「大丈夫よ。由奈ちゃん。自信を持ってやりなさい。それに、すみれはずっとそばにいるからおくせず、どんどん習うといいわ」


 すみれも微笑みながら、由奈に問い掛けるように話す。


「演技や所作だけ見て真似ようとしても難しいと思うよ。ここまで、この作品を演じ、踊ってきた出演者全員が、この演技に夢を託しているの」


 頷く由奈に、すみれが続ける。


「あなたは、ねずみや兵隊人形、雪の精や、お菓子の国の夢を見ていたの?」

「……」

 由奈がすみれの瞳を見つめる。


「それとも、本当にお菓子の国に行ってきたの?」

 すみれが由奈に問い掛ける。


「本当にお菓子の国に行ってきたんだと思います」


 由奈を抱く様にして、すみれが言う。


「そう、じゃあ、その思いを最後の演技で、すべての人に伝えてちょうだい。あなたがこの作品の中で出会ったみんなや体験したことは夢なんかじゃないって」


「はい」


 由奈の瞳の中に、何か大きな自信につながるものが見えたような気がした。その場に居合わせた者全員がそれを感じた。

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