第78話 バレエフェスティバル 『海賊』衣装付きリハーサル

 美織みおりが気持ちを落ち着ける様に少し目を閉じ、そして優一の方に視線を向ける。優一が優しい視線で美織を見つめる。

 美織がデッキについている北村の方に目線を向け頷く様に合図を送る。


バレエ『海賊』よりグラン・パ・ド・ドゥ

京野美織きょうのみおり 久宝優一くぼうゆういち


アダージオ

 静かにハープの曲が奏でる。上奥かみおく(客席から見て右奥)からスッと優一が現れ一歩踏み出してアラベスク……しなやかで美しいライン。右足を軸足に高いルルベバランス。左足を後ろにまっすぐ伸ばして上げる、左足は伸びやかに足先が頭の高さまで上がる。なんという柔軟性。そこから一歩踏み出しグラン・パ・デ・シャ。そして、しゃがむように着地。


 スッと顔を上げ、舞台を大きく弧を描くように、走り抜ける姿はしなやかなひょうのように……人間ではない野性的な美しさがある……舞台の上前かみまえ(客席から見て右前)、スッと振り返り、一歩踏み出し舞台の中央ややかみ寄り、下奥しもおく(客席から見て左奥)に向かって右手を差し出す……


 下奥しもおく(客席から見て左奥)から一歩踏み出すように美織が舞台に登場する。

 優一が両膝りょうひざをつき座るようにして美織の方に深々と頭を下げる。


 一瞬舞台の動きが静止画像の様に止まった


 客席から大きな拍手が起こった。


 アダージオが始まる。今まで何度も見てきた二人のパ・ド・ドゥ。衣装を着ているせいか、また、別のものの様に見える。ターンのサポートは流れる様に……二人の息が一つになっているように感じる。

 園香そのかも他の見学者も息をするのも忘れているかのように微動だにせず見入っていた。


 美織の美しいアラベスクから、見せ場の大きなリフト……まるでここが劇場の舞台であるかのように大きく美しいリフト。どこまでも遠くを輝きを放つような美織の美しいポーズ。


 溜息にも似た感嘆の声が見学席から漏れる。


 そして、最後のポーズまで流れる様につながり二人のポーズでアダージオが終わった。

 見学客たちは誰も口を開けて見惚みとれる様に一瞬拍手すら忘れる。次の瞬間大きな拍手が巻き起こった。

 二人がルベランス(お辞儀)をして上手かみて側にハケる。


 優一が北村に目配せする。


男性ヴァリエーション

 北村がデッキのスイッチを押す動作に入ると同時に、優一が上奥かみおくから弧を描くように……

 まるで獲物を狙うひょうの様にしなやかに走り出てくる。

 最初の音と同時に上前かみまえでポーズ。

 そして『海賊ジャンプ』と呼ばれるジャンプを三回。アラセゴンドターンからピルエットにまとめバランセ。そしてピルエット。何回転しただろう回転中に軸足のひざを曲げ一気にアチチュードターンで伸び上がるようにしてポーズを取る。

 下前しもまえまで走り、そこから舞台全体を円を描くようにマネージュ。

 マーメイドと呼ばれる高度なテクニックを要するジャンプを三回。初めて見る見学者はもう空中で何をやっているかわからない。

 そして、最後はジュテ・アントゥールナンでポーズ。

 客席から大きな拍手。


女性ヴァリエーション

 一つ一つのポーズが美しい。ピルエット・アンデオールとピルエット・アンデダンを組み合わせたターン。

 アンデダンのターンは一回転目パッセから二回転目は足をアチチュードに……細やかなテクニックの連続は一つ一つ美しさに目を奪われがちだが、ふと、え? 今何をしたの? と思う様なテクニックが多い。

 中盤、舞台を上奥かみおくからグランジュテで大きく体をらせるジャンプは、後ろの足が頭につくほどのしなやかさを見せる。そして向きを変え舞台しもからかみに向けて同じジャンプ、もう一度、かみから下前しもまえまで舞台を大きくジグザグに移動するように三回ジャンプする。

 踊りの途中だが見学席から感嘆の声と拍手がくる。

 最後はピケターンとジュテ・アントゥールナンを組み合わせたマネージュからポーズ。

 見学席から大きな拍手。見に来ていた他のバレエ教室の先生方からも驚きのような声が聞こえる。


コーダ

 男性と女性が二人で踊るがアダージオと違って、それぞれが順番にテクニックを披露する様なパートである。

 曲と一緒に優一がジャンプで入って来る大きなジャンプ。ポーズからアントルラッセ。ここで優一も後ろに振り上げた足が頭につくほどの柔軟性。美織ばかりでなく優一もこの柔軟性かと見学席から感嘆の声が漏れる。

 美織のグランフェッテ。上奥かみおくから十六回転で移動しながらのフェッテ。十六回転ちょうどで舞台の中央までくる。

 そして、そこから舞台中央でグランフェッテを続ける。顔のスポット(顔を向ける方向)を一回転ずつ変えていく。一回転目正面から、右、後ろ、左、そして、五回転目から八回転目まで正面。

 九回転目から一回転ずつ正面、左、後ろ、右と顔の向きを変えながらターンする。十三回転目から十六回転目まで正面。

 最初の移動しながらの部分と合わせて三十二回転のグランフェッテ。とてつもなく高度な技術が繰り広げられる。そしてポーズを取って踊り終わる。

 見学客から悲鳴に近い歓声と拍手が巻き起こった。


 優一のアラセゴンドターンから美織のピケターン、シェネのコンビネーション。最後は舞台中央で美織のピルエットを優一がサポート。美織のターンが終わり、優一が一歩横に出てパッセトゥールから床にひざをつき美織をたたえるポーズを取って終わる。


 見学客から大きな拍手と歓声のような声が響き渡った。


――――――

〇ルルベ

 バレエシューズで爪先立つ。足首の甲を張り出すように一番高いところまで立つ。

――――――

〇グラン・パ・デ・シャ

 ジャンプの一種、前に上げる足をひざを曲げた状態からまっすぐ伸ばすように振り上げる。後ろの踏み切る足は後ろにまっすぐ伸ばす。空中では両足が前後百八十度になるように開く。

――――――

〇海賊ジャンプ

 ジャンプの一種。上前かみまえ(客席から見て右前)から始める場合。まず、上前かみまえ方向でアチチュードでバランス。

 そこから体の向きを左手側から反転させ舞台の下奥しもおく(客席から見て左奥)に向かって助走。

 右足を振り上げ左足で踏み切る。空中で両足のアンディオール(外に開き)を気を付けてひざを九十度に曲げる。両足でひし形を作るような形にする。

 両腕はアンオー(両腕を上に上げ大きく円を作るような形)で一回転半。上前かみまえに向く体勢で着地する。

 もう一度、上前かみまえ方向でアチチュードでバランス……これを三回繰り返す。

――――――

〇マーメイド

 ジャンプの一種。反時計回りに舞台を大きく回ってテクニックを見せるマネージュの場合、体を左回転させながら左足を振り上げ、その左足を越える様に右足振り上げる。さらに空中での体の回転を利用して、体が反転した時、左足を後ろに振り上げる。

――――――

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