第77話 バレエフェスティバル バレエ『海賊』衣装

 美織みおりが『海賊』の衣装で瑞希みずき園香そのかの前に座る。

「今日はいろいろお手伝いありがとう」

「いえいえ」

「園香ちゃんもありがとう」

「いえ、私なんか何もお手伝いできてません」

「そんなことないよ」

微笑みながら言う美織みおり


 近くで見ると美織の衣装は本当に美しい。薄い青地の衣装は遠目には絶対見えないようなところまで細かく美しい青い色の刺繍ししゅうほどこされている。

 今、彼女が園香の前に座るまで気付かなかった。薄い青地の衣装に薄い青の刺繍ししゅう。大きな舞台で遠くの客席から見えるはずもない細かな刺繍はなんとも美しい羽根のような模様を描いている。

 そして金色の刺繍も実に細やかで全体的には柔らかく体を包むように施されている。その金色の刺繍の一つ一つは美しく細やかな花や葉を描いて、胸の中心から広がるように施されている。

 さらに胸の中心から光沢こうたくのある青と緑のブレードという平紐状ひらひもじょうの飾り布で左右非対称に美しい模様が描かれている。その模様の周りに青と緑の美しいビーズ刺繍と美しい石が散りばめられている。

 スカートの部分にも美しい模様が描かれている。なんと美しい衣装だろう。

 ハンガーラックに衣装をかけてあるときにも気が付いていたが、チュチュはスカートの裏側も美しくやわらかなグラデーションになっている。パンツの部分もその色に同化するようにスカートと同じ色のチュールフリルになっている。足を高くあげる振りもあるバレエでは踊りの中でスカートの裏側が見えることもある。

 美織の踊りはどこから見ても非の打ち所がないほど完璧に見える。今こうして見ると彼女の衣装も前から後ろから、スカートの裏側までどこから見てもあらがない。


 背中をう瑞希。美織は鏡を見ながら、園香の手からピンを取り、慣れた手つきでティアラを頭に付けていく。

 瑞希は美織の背中を縫い終わると優一の衣装を見に行く。


「どう」

優一が瑞希に聞く。

「どうって、由香さんの作った衣装。いいに決まってるじゃないですか」

優一の周りを一まわりして頭飾りを確認する。

「うん、OK」


 美織の方も準備ができた。

 見学に来ていた人たちが一斉にこっちに視線を向けた。


 カメラを持った見学者がたくさんいる。それぞれの教室の生徒も先生に言われているのか、誰か一人はカメラを準備して来ているようだ。

 花村バレエの秋山もカメラの準備をする。瑞希もいつも持って来ているカメラの準備ができたようだ。デッキの方に向かう。

 デッキについていた北村に何か話している。少し話をした後、瑞希が園香のところに帰ってきた。


 稽古場に居合わせる見学者たち全員が息を呑んだ。張り詰めた緊張感。いよいよ始まる……


 美織がゆっくり見学者たちのところに行く。そして、見に来てくれている全員に一礼した。


 真理子の前に行き、もう一度一礼する。今日は真理子の周りに県内のバレエ研究所、バレエスタジオの先生方がほとんど全員集まっている。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

真理子も美織の方に目を向け、やさしく微笑むように言った。


 美織は稽古場の自分ののところに行こうとして、もう一度見学者たちの方に振り向く。

 そして、一人の女の子の方に歩いて行く。キャンディのゆいちゃんという女の子が目を輝かせて美織を見ている。


ゆいちゃん。今日はきちんと笑顔で踊れてるか、見ててね」

「はーい」

 ゆいちゃんが元気に手をあげて返事をする。


 緊張していた見学者たちの間に微笑みが広がった。魔法が解ける様にその場の緊張が解けた。


 美織が下奥(客席から見て左奥)、優一が上奥(客席から見て右奥)に準備する。

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