第43話 くるみ割り人形 第一幕(四)ハレルキン、コロンビーヌ、ムーア人(二)

 稽古場に曲が流れ始めると、一瞬に稽古場の生徒たちが場所を開ける。そのハレルキンの少し手前から始まった曲に合わせ、げんがドロッセルマイヤーの演技をする。人形ハレルキンの瑞希みずきに魔法をかける様に持っていたステッキを振る。すると曲と同時に瑞希が踊り始める。


 両足を前後に開脚してジャンプ。両足を開いて膝を九十度につま先を合わせるような形。足でひし形を作るような形でジャンプ。ジャンプして後ろ向き、正面向き、後ろ向き、正面を数回繰り返す。

 どの動き一つを取っても、体の向き、ポジションが性格だ。足のつま先の曲げ伸ばしもはっきり見えて美しい。

 最後はリエゾン・ド・ピルエット(フェアテ)、一回転のピルエットを連続して回るテクニック。まったく軸足の場所が変わらず七回転回ってピタッと止まる。そして最後は魔法が切れたように両足を開脚するように座る。


 一つ一つの動きがはっきりと、そして美しい。瑞希の踊りに見入ってしまういつき。稽古場から拍手が起こる。


 隣から美織みおりが、

「曲そのまま流しといてください」

 その曲の間にドロッセルマイヤーが魔法をかけるような演技をする。美織みおりがコロンビーヌの踊りを玲子に見せる。

 ゼンマイ仕掛けの人形のような動き。ひざを伸ばして動く動き、その人形のような動き、人間ではないものの動きの中で、ポアント(伸ばした足先)の美しさが強調される。これでもかと言うほどの美織みおりの身体能力の高さと体の線の美しさに目を奪われる。

 曲の途中からハレルキンの瑞希みずきと二人で一緒に踊る。最後は二人で並んでフェッテをする。


 美織と瑞希が踊り終わると稽古場からまた大きな拍手が起こる。


「あ、そのまま曲流しといてください」

古都ことが言う。


 瑞希と美織も古都ことの方に注目した。そればかりではない園香そのか恵人けいと青葉あおばとおるも……稽古場にいる全員の注目が集まった。恵那えな彩弥さや古都ことの方を見る。


 ムーア人の不気味な曲が流れ始める。ムーア人独特の手のひらを広げてひじを伸ばしたり縮めたり、手のひらを顔の横にひじを九十度に曲げジャンプをしたり体を回転させながら移動したり……

 グランジュテ・アントゥールナン。手のひらを顔の横にひじを九十度に曲げた状態で男性顔負けのジャンプをしながら大きく円を描く様に回る。


 なんで、あんなポーズでこの大技ができるのか……男性ダンサーたちも驚く。


 最後はアラセゴンドターン、かかとでリズムを取るように反転ずつ軸足で床を踏むように回転する男性のテクニック。回転の速度が人一倍速いように見える。


 踊り終わると稽古場の全員が一瞬静まり返る。そして少し間をおいて拍手が巻き起こる。桁外れのテクニックに圧倒される。


「ムーア人の踊りはこんな感じかな。できそう?」

古都ことがやさしく柔らかい口調でひかるに聞く。

 自信なさに首を傾げるような仕草をする光。光も驚きを隠せない。この踊りは男性が踊る踊りだ。

 他の誰よりも光が感じた。古都ことの凄さ。それは、これだけのダイナミックな踊りを踊っておきながら、踊った直後に、光に掛けた言葉……まったく息が上がっていない。


「大丈夫だよ。特訓してあげるから」

古都ことが言う。

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