第21章 九月のリハーサル三日目
第272話 リハーサル三日目の朝早く
花村バレエの本部教室は稽古場の上が真理子の自宅になっている。真理子はレッスン時間の少し前に下りてくる。稽古場は毎日早い時間から開いていて、あやめがストレッチやバーをしていることが多い。
園香が教室に入る。
「おはようございまーす」
建物の入り口を入って、一階にはバレエ教師の控え室がある。園香が教室に入り、小さな声で挨拶する。
「おはようございまーす」
その控え室を覗く。北村と秋山も早い時間に来ていることが多いのだが、この時間は、さすがにまだ来ていなかった。
園香は二階に上がっていき、また「おはようございまーす」と小さな声で挨拶をしながら稽古場に入る。
まだ、誰も稽古場に来ていない。こうして誰もいない稽古場を眺めていると、昨日の賑やかな稽古の風景が、なにか嘘のように思える。
あやめも稽古場にいなかった。一旦、教室を開けて、また、自宅の方に上がったのだろうか。
園香はレッスンの準備をして、いつものように稽古場の掃除をする。稽古場と見学席、一階の入り口から二階に上がる階段も一通り掃除する。
いつものことなので簡単に済ませる。
◇◇◇◇◇◇
園香は稽古場の床に座ってストレッチを始めた。
今までの指導が悪かったわけではない、注意されている箇所、注意されていることは、今までにも、あやめや北村、秋山から何度も言われていたことだ。何が違うか定かでないこともあるが、柔軟性、キープ力が、自分でもはっきり分かるほど変わってきた。踊っているとき、今までなんとなく、そのポーズを取っていたところでも、きちんと体の内側から、手足の先まで、すべて意識してコントロールできているという感覚がある。
◇◇◇◇◇◇
その時、ふと稽古場の階段を上がって来る足音に気が付いた。誰だろう、この時間に、北村か秋山だろうかと思って入り口の方に顔を向けると、
園香は驚いて飛び起き挨拶する。
「おはようございます」
「あ、園香ちゃん、おはよう。早いね」
美織たちが微笑む。
「え、いえいえ、皆さんも、随分早いですね」
「昨日、あやめさんに聞いたら、この時間に来たら、お稽古場が開いてるって言ってたから」
美織が微笑みながら言う。園香が壁に掛かっている時計を見ると、今、八時になろうというところだった。
そうか、四人が来るというので、あやめさんが稽古場を早く開けておいたのか、と園香は思った。
◇◇◇◇◇◇
四人が着替えてストレッチを始める。一緒にストレッチをすることになった園香はいろいろ注意されるのかと思ったが、すみれも美織も、それぞれ各自ストレッチを始めた。
美織がすみれに、
「なんか音楽かけましょうか」
と聞く、すみれが微笑みながら、
「いいわね。音楽聴きながらの方がリラックスできて」
と言う。美織が園香にも、
「音楽かけていいかな」
と聞く、すみれが『かけていい』と言うのに、園香に『かけなくていい』と言う選択肢はない。慌てる様に、
「いいです。いいです。音楽かけてください。私がかけましょうか?」
「いい、いい、私がかけるから」
そう言って、美織が音楽をかける。朝の雰囲気に合う優しいピアノ曲だ。なにかクラシック音楽ではない曲をピアノ曲にアレンジしている曲だ。
美織たち四人と、園香、それぞれが自分のストレッチをする。しかし、こうして彼女たちと一緒にストレッチをしていると、初めて彼女たちと会ったときと変わらず、柔軟さのレベルが違う。園香は四人に
「いつも、こんなに早い時間から来てるの?」
すみれが園香に聞く。
「これほどじゃないですけど、早く来てます」
「それで、掃除をしてるの?」
すみれがストレッチをしながら聞く。
「え?」
園香が少し驚いた表情をする。
すみれが続ける。
「掃除をしてるけど、いつものことだから、そこそこにやってる」
「え?」
「更衣室の
床に落ちていた糸くずのようなものを手に取る。
「す、すごい。探偵みたいですね」
「探偵?」
すみれが微笑む。
「シンデレラだ」
「なんです?」
「シンデレラって、掃除させられたり、いじめられてたじゃん」
「別にいじめられてません」
園香が笑う。
すみれの睨むような視線に気付き、瑞希が慌てて弁解する。
「いえいえ、
「なにそれ、なんで『
すみれが微笑む。
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