第345話 残された者たちの選択(二)
「四歳やもなあ」
真美が呟く。
「そう、四歳……どこかに天才的な四歳の子がいるといいんだけど……見ず知らずのバレエ教室という集団に入ってきて、今から、たった数週間でたくさんの振付を覚えないといけない……周りの雰囲気に馴染めず泣いてしまうような子では困る。気も強くて……踊れる四歳の女の子……いないかしらね」
すみれが真美の方に目線を向けて、問い掛ける様に言う。
「え……」
真美が何かを感じたようにすみれを見る。
傍にいた
すみれが真美から目線を外し、皆を見回し呟くように言う。
「まあ、少し考えてみる。でも、
全員が頷く。
真理子とあやめもいるとはいえ、今ここで、すぐに最終の決定ができる訳でもなく、その場は解散となった。
しかし、誰もが、先程、すみれが最後に言った言葉が頭に残っていた。園香も、真理子もあやめも、すみれが、どうしたいのか……すみれから、はっきり、全員に対して、花村バレエに残された最終手段を言い渡されたような気がした。
その日は、その後も、すみれは
◇◇◇◇◇◇
次の日、また、レッスン前に昨日のメンバーが全員集まった。
「ごめんなさいね。皆さん、全員に集まってもらって」
真理子の言葉に、全員嫌な表情は見せなかった。それよりも今回のこの話の方が気になる。真理子が話を続けた。
「昨日、あの後また、少し、すみれさんと美織さんとも話して、私たちは、どうするのが一番いいのか……考えてみたの。それで、すみれさんからの提案で、話を進めるという方向になりそうなの」
そう言って、真理子がすみれの方に視線を向ける。
そして、すみれが真理子の言葉に続けるように話し始めた。
「昨日の話なんだけど、皆にも聞いてもらって、選ぶべき方法は、一つ、知里ちゃんの代わりの女の子を探すこと。そして、もう、私の思いは分かっている人も多いと思うけれど……」
そう言って、すみれが真美に視線を向ける。
「真美ちゃんに意見を聞きたいの」
「はい」
真美も、すみれに真剣な表情を返す。
すみれが真美を強い視線で見つめて聞く。
「真美ちゃん、昨日の話で、私が誰を思っているか気付いていると思うけど……謙遜とか、他の条件はなしで、ただ一つ、踊りの実力を聞きたいの、真美ちゃんが、ここにいる誰よりも彼女のことを知っていると思うから」
「……」
すみれが真美にまっすぐ近づいて問い掛ける。
「
「はい、踊れると思います」
稽古場に静かな空気が流れた。
「よかった。その答えを期待してた」
すみれが微笑んだ。
真美がいつになく神妙な表情をしている。
「本当に……
すみれが真美に笑顔を向ける。
「考えてる。少なくとも、私が思い付く限りで、知里ちゃんの代わりに踊れる子は、他にいないから」
「でも、
「だから、これからいろいろ考えるのよ。まず、踊れるかどうか、わからないと、踊れもしない子に、こんな大それたことを依頼するのは、そもそもお門違いでしょう。踊り以外のことは、これからよ」
「はあ……」
何かいろいろな思いが交錯するような表情の真美。
そんな真美に園香が声を掛ける。
「ねえ、真美ちゃん……瑠々ちゃん、大丈夫かな」
「ううん……そうやなあ。四歳やからなあ、振りが覚えられるか、どうかだけの問題やない気がすんねん。子どもやで、大人のゲストと違う……大人やったら、いろいろ一人でできるやろうけど……稽古場で踊って、舞台で踊るだけならなあ、でも、他の普通の生活が、どうやろな」
「そうよね。練習には一ヵ月は短いけど、生活まで考えて、厳しい練習をする期間としては一ヵ月は長いわよね。一日二日の話じゃないものね」
園香も真美の言葉を聞いて、この選択が難しい選択であるのを感じた。
すみれが皆の思いを察して、
「さっきも言ったけど、真美ちゃんも園香ちゃんも言うように、四歳の子を、しかも県外の子を、一ヵ月もここの稽古に参加させるのは、踊りだけじゃなくて、いろいろ障壁があるのは分かっているわ。そもそも、あの宮崎先生が二つ返事で『はいはい、わかりました』と言うとも思えないし、だから、まだまだ、色々なことが、これからよ」
と微笑みながら言った。
その言葉に園香と真美も微笑む。
取り敢えず、このことについては、まだ知里もいるという状況の中で、ホールリハーサルが終わるまでは厳重に秘密にしておくという事になった。
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