第346話 そして翌日から さくら幼稚園へ

 その日の帰り、園香そのかはすみれに呼び止められた。なんだろうと思った。

「明日の大学の授業はどんな感じなの?」

「え、と、午前中二つ授業があって、午後は空いてます」

「ふーん、お気楽ね。お昼から付き合ってもらっていいかしら」

「はい」

 そんな会話をして、お昼に喫茶店エトワールで待ち合わせることにした。

 次の日、行ってみると、すみれや美織みおり瑞希みずき、優一という、いつものメンバーが集まっていた。すみれが微笑みながら、

「ごめんね、呼び出して、いろいろ、こっちのことは分からないこともあって、案内して欲しいの」

「はあ」

「昼食は?」

「いえ」

「じゃあ、皆で一緒に食べましょう」

 そう言って昼食を軽く済ませる。園香は用事はなんだろうと、ずっと気になっていた。今まで、すみれから直々に呼び出されることなどなかった。緊張する園香に、

「午後一番にさくら幼稚園に行こうと思ってるんだけど付き合ってもらえないかしら」

 とすみれが言う。すみれからバレエの踊り以外の事で話し掛けられるのは珍しかった。さくら幼稚園というのは知里ちさとの通っている幼稚園だ。

「さくら幼稚園ですか。知里ちゃんの幼稚園ですね」

「そうね。幼稚園の先生には面談の連絡をしてあるの」

 と言う。

 食事が終わって、一度、稽古場に行き、そこからタクシーで幼稚園に向かう。園香は自分の車で送って行くのかと思ったが、どうやら、ただ一緒について行くだけのようだ。タクシーなら道案内もいらないのにと思った。


 車の中ですみれと他愛ない話をした。

「どう、皆の感じは?」

「皆頑張ってます。なんだか、今まで私が参加してきた、これまでの公演の前より、ずっと張り切っているみたいです」

「そう、いいことね。知里ちゃんにも言ってあるけど、今日は皆に今度のホールリハーサルが知里ちゃんとお別れのリハーサルになるという事を伝えようと思うの」

「そうですね。伝えておくべきですよね」

 園香も、この事は皆にきちんと伝えて、全員が知っておくべきだと思った。それで今日は今から何をしに行くのだろうと思った。


 さくら幼稚園に着き、入り口にあるインターホンで挨拶する。すぐに知里のクラスを受け持つ先生がやって来た。応接室に通され、園長先生も一緒に話をすることになった。

 すみれのことは幼稚園の先生たちも知っていた。先生の中に、小さい頃バレエをしていたというバレエ経験者の先生がいて、その先生がすみれを知っていたのである。その先生から凄いバレリーナが来ると噂が広がっていたようだ。

 思わぬ歓迎を受けて、すみれも園香も面食らった。

 応接室で園長先生と知里の担任の先生とすみれ、園香の四人で話をする。

 すみれからの話の内容は、知里ちゃんの転勤の話から始まり、今度のホールリハーサルに幼稚園の皆を招待させて欲しいという内容だった。

 先生たちの方からも知里とのお別れは園でも考えているが、頑張っているバレエを最後に皆で応援に行きたいという思いがあったようだ。十二月の公演は観に行きたいという生徒や先生、お母さんたちも多かったが、急に転勤になって観に行けなくなり残念だという声も聞こえていたという。

 すみれから「幼稚園の生徒、先生、お母さんたち父兄を含め、来ることができる方は全員無料で招待したい」と話すと、先生たちも喜び「すぐに皆に声を掛けます」という事になった。


 すみれと園香は幼稚園の先生たちに丁寧にお礼を言って応接室から出た。園長先生と知里の担任の先生が門まで見送ってくれた。


「よかったですね」

 園香が微笑む。すみれも嬉しそうに微笑んだ。


 幼稚園から花村バレエまで、またタクシーで帰る。

 園香は少し危惧したことがあった。以前、美織と優一がバレエフェスティバルのリハーサルを教室でするということになったとき、どこで誰に聞いたのか、たくさんのバレエ関係者に噂が広がり教室が大変なことになったことがあった。

 その事を、それとなく、すみれに言うと、

「その時は、その時よ、いいんじゃない、別に観に来ても」

 と結構、ウェルカムなすみれに驚く園香だった。


 そんな会話に続て、すみれが外の景色を眺めながら園香に言う。

「いよいよ、次は大物との交渉よ」

「え?」

宮崎美香みやざきみか先生、この世界で関西の頂点にいる一人よ」

「大変ですね」

「この週末行くから空けといてね」

「え?」

「あなたも一緒に行くのよ」

「ええ!」

「あなたと、真理子先生と私の三人で行くから」

「ええ……」

 園香は言葉を失った。

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