第344話 残された者たちの選択(一)

 すみれが言っていた。

 雪村希ゆきむらのぞみが怪我で離脱した時、振付やフォーメーションを変えるには、今回の作品は振りや構成が複雑過ぎて難しいと……

 そして、雪村希の時は、すぐに代わりの多岐川一美たきがわかずみが代役を務めることになった。


 今回は……

 誰もが口にはしなかったが、四歳の知里ちさとが離脱する。本番まで残り一ヵ月少々で四歳の子の代わりを務められる四、五歳の子がすぐにいるのか……

 もしかしたら青山青葉あおやまあおばバレエ学校のキッズクラスにいるのだろうか、それとも、ここに来て大きな振付、構成の変更をするのか……

 しかし、園香そのかや真美のレベルで考えても、それは確かに難しいように思えた。

 キッズクラスの子たちはもちろん、大人クラスの千春たちにとっても相当厳しいと思える。大勢で複雑に移動しながら踊る『花のワルツ』と『終曲のワルツ』は全員の動きを変更するのは無理だろう。

 そこへキッズクラスは『キャンディ』の振りも変更になる。それも知里ちさとは四歳、ゆいの隣で踊る子だ。一番、振付が変わるのは唯や真由がいる一番年下のグループという事になる。


 美織みおりがいつになく心配そうな表情で、すみれに話し掛ける。

青山青葉あおやまあおばバレエ学校に代役を依頼しますか?」

 すみれがうつむいて考える様にしながら、

「いや……青山青葉バレエ学校に、今から代役ができる子はいないわ」


「でも、やっぱり、振付の変更ではなく、代役ですよね」

 園香が呟くように言う。

「振りの変更は難しいやろ」

 真美もボソッと呟く。


 多岐川一美たきがわかずみが横から、

「一番後から入って来た僕が言うのもなんだけど……」

「いいわ、なんでも意見を言って」

 すみれが言葉を添える。

「すみません、失礼ながら、先程、皆さんホールリハーサルは知里ちゃんの最後のリハーサルとして成功させると言ってましたよね……」


「……」

 すみれが一美かずみに目線を向ける。

 一美が続ける。

「そうすると、ホールリハーサルは知里ちゃんがいる、今の振りで通すわけでしょう。フルオーケストラが入って、スタッフも本番通りで、知里ちゃんがいる今の振りでホールリハーサルまでやって……知里ちゃんがいなくなったら、ホールリハーサルの後、振りを変えるっていうと、ホールリハーサルの意味がなくなるんじゃないですか? もちろん知里ちゃんのために最高の舞台をプレゼントするのは僕も賛成です。でも、その後、振りを変えたら、なんていうか、ホールリハーサルは、ホールまで借りて『知里ちゃんのさよならリハーサル』という意味合いしかなくなるんじゃないですか……ごめんなさい、なんか、生意気な、支離滅裂な意見になって……」


 すみれがじっと一美を見つめる。


「そうね、一美君の言うとおりね」

 すみれが呟く。


 そこにいた誰もが一美の意見に納得した。

 そうだ、そうなのだ、ホールリハーサルまでは、今までの振りで通すことになる。

 そうでなければ、知里がまだいるのに、知里がいないものとして振付を変えていくのか……それはできない、それこそ、知里がいる意味がなくなる。


 そうなると、必然的にホールリハーサルまでは今の振りでいくことになる。


 更に、その後、振りを変えるとなると、一美の言う通りホールリハーサルをする意味が、ただ一つ『知里のお別れリハーサル』のためだけになる『お別れリハーサル』のためにホールまで借りて、すべてのスタッフが集結して……本番前の貴重な、この一回を『お別れリハーサル』で終わらせることになる。

 これでは知里のためには素晴らしいイベントになるが、花村バレエの公演にとっては意味を成さないものになる。


 そう考えると、取るべき手段は、ただ一つ。

 知里の代わりに踊れる四歳の女の子を探してくるという手段しかない。


 しかし、その代わりの子は、ホールリハーサルが終わって、わずか一か月足らずで『キャンディボンボン』『花のワルツ』『終曲のワルツ』『ネズミと兵隊人形の戦いの子ねずみ』という、たくさんの振りと複雑な構成を覚えて踊れる実力が必要とされる。

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