第343話 すみれから知里へのプレゼント

 その日、知里のお母さんが帰ってから、真理子を始め花村バレエのスタッフと一緒に、すみれと美織みおりたちと園香そのかや真美、美和子と香保子かほこも入り、緊急ミーティングが始まった。


 すみれが、

「真理子先生、あやめ先生、今度のホールリハーサルが知里ちさとちゃんとのお別れになるリハーサルであるという事を出演者全員に伝えましょう」

 と言う。その言葉に真理子も、

「そうね。皆がそれを知って頑張る方がいいと思うわ」

 と言う。あやめも同意する様に言う、

「そうですね。私もホールリハーサルが終わった後、皆が『これでおしまいだったとは知らなかった』って言うより、皆で知っていた方がいいと思います。知ったうえでリハーサルをした方が……」

 周りのスタッフも全員頷く。


「真理子先生、一つわがままをお願いしていいですか?」

 すみれの言葉に真理子が真剣な目線を向ける。

「何でも言って」

 真理子も真剣な表情ですみれを見つめる。

「今度のホールリハーサル、知里ちゃんのご家族一同と幼稚園の先生やお友達全員ご招待させて頂いていいですか?」

 真理子も周りのスタッフも全員この言葉に頷いた。

 誰もが、知里にとっても、今まで一緒に頑張ってきた出演者たちにとっても思い出のリハーサルにしたいと思った。


 すみれが皆に伝える。

「今度のリハーサルは東京からゲスト全員。そして、演奏してくれるオーケストラもコーラスを含めてフルオーケストラで入ります。舞台照明も全員本番通りのスタッフがそろい、ビデオ撮影も入ります。十二月の本番と日時が違うだけです。本番通りの舞台を知里ちゃんのご家族と幼稚園の先生やお友達、皆を招待して見て頂きましょう」


 そこに居合わせたスタッフ全員が顔を見合わせた。


「いいでしょう。そうしましょう。青葉あおば先生には私の方から伝えておきます」

 真理子が微笑みながら了承した。

「ありがとうございます。これは、私たちから、今まで頑張ってきた知里ちゃんと知里ちゃんのお母さんとご家族へのプレゼントです」

 すみれが強い口調で言った。


「はい」

 そこに居合わせたスタッフ全員が気持ちを一つにした。


 すみれがスタッフ全員に、もう一度、気持ちを伝える。

「今回のホールリハーサルは出演者全員。いえ、スタッフ全員にとって貴重なリハーサルです。本来なら、知里ちゃんのためだけにするものではありません。知里ちゃんのご家族のためだけにするのではない……でも、たった一家族を感動させられない舞台なら、何千人の観客の心に響くわけがない。知里ちゃんのご家族に、出演者、スタッフ全員で最高のものをお届けしましょう」


 園香も真美も、そこに居合わせた全員、気が付くと涙を浮かべていた。


 久宝くぼうすみれ……青山青葉あおやまあおばバレエ団に、誰もが恐れる鬼のように厳しいバレリーナがいるという噂で彼女のことは知られていた。神のような存在で完璧な踊りを踊るが、決して誰にもバレエを教えたりしないとも言われていた。

 彼女は確かに誰から見ても神のような完璧な踊りを踊る。しかし、それ以外の彼女に関する噂は何もかも全部違うように思えた。

 確かに彼女に関わったことのない者からすると、彼女は話しかけることもできない存在なのだろう。近くにいても話しかけることがはばかられる存在。彼女のことを『鬼』と言った噂は、そういう状況から、いつしか神格化された彼女の印象、噂だったのかもしれない。


 そんなことを彼女の周りにいる全員が感じた。

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