第82話 バレエフェスティバル バレエ『エスメラルダ』衣装

 園香そのか瑞希みずきの前に美織みおりが座る。キッズクラスの子供たちが美織の周りに集まる。今までずっと見学席にいた小学生や中学生、他のバレエ教室の生徒たちも休憩時間で入り乱れる様に美織や瑞希に近づいて来る。

 他教室の生徒たちにも分け隔てなくやさしく話しかける美織と瑞希。花村バレエ以外の生徒たちも、今日初めて会うのに、まるで友達の様に気安く話してくれる二人との時間が、まだ信じられないという感じだった。

 他教室の男子生徒たちも花村バレエの生徒たちに交じって優一の周りに集まっていた。

 キッズクラスのゆいが目を輝かせて美織の前に座りじっと彼女を見ている。美織が準備していたタンバリンに興味を持っているようだ。

「美織先生、タンバリンするの?」

「うん、タンバリン使うんだよ」

 美織が微笑んで応える。

「見せて」

「どうぞ」

 喜んでタンバリンを手に持つ唯。あまり大きくはないタンバリン、それでも小さな唯の手には大きいタンバリンだった。キッズクラスの友達と嬉しそうに見ている。少したたいてみる。まるで板を叩くような硬い音。

「なんか唯のおうちにあるタンバリンより硬いみたい。あんまり音がしないよ」

「そう?」

微笑む美織。

今度は美織の衣装に興味を持つ唯。

「きれいなお衣装。キラキラの飾り。丸い飾りはなあに?」

「これはコインよ」

「え?」

「ああ、これはお金なの」

「ええ? お金が飾りなの?」


 エスメラルダの衣装もダンサーによって様々である。美織の衣装は茶色に近い濃い赤地で金色のくさりのようなブレードとビーズの刺繍ししゅう。黒と金の繊細な刺繍に金色のくさりの様にあしらわれた飾りには数センチ間隔で金色のコインをした丸い飾りが下がっている。

 そして、頭につける飾りもカチューシャ型のティアラではない。額の上の数センチはカチューシャの様に硬い素材でかたどられているが全体的にくさりのような金色の飾りを頭にヘアピンでゆったりとめていく。髪飾りにも数センチ間隔で小さな金色のコインをした飾りがキラキラと光っている。

 そして、額の中心にはティアドロップ型のルビーのような赤い石。

 今までの気品あるプリマの衣装とは少し趣きが違う。妖艶なジプシーの衣装。踊り子の衣装だ。


 キッズクラスの子供たちも、衣装が整うに従い何か魔性のものに引き込まれるように言葉を失って見入っている。瑞希が背中を縫う。

 優一も準備ができたようだ。瑞希が優一の背中も縫う。

 準備の出来た美織の姿にキッズクラスのゆいがポカンと口を開けて見入っている。美織が立ち上がり、軽く手ではじく様にタンバリンを一つ叩く。

 タン! と稽古場中に響く音。キッズクラスの子たちは座ったまま、後ろに一つ飛び上がる様にビクッと後ずさりした。稽古場中の観覧客も何かが自分の身体からだを突き抜けたかのように肩をすくめて振り返った。

 園香も何が起こったのだろうと思うほどの衝撃を受けた。力いっぱいタンバリンを叩いたわけではない。しかし、たった一回の軽くはじく様に叩いたその音にそこに居合わせた全員が息を呑むような緊張感をもって彼女に注目した。


 それはまさにパリの街に繰り出した踊り子がこれから踊り始める。エスメラルダが民衆の注目を一身に集めた瞬間のようだった。


 今、稽古場の中で、ただ一人客席から彼女を見据える様に強い視線で見つめる真美。

 美織はゆっくり稽古場の中央に歩いて行き真美の方に視線を向けた。

 そして、タンバリンを持った右手を腰にあて、左手をまっすぐ真美の方に差し出し微笑んだ。


……吸い込まれる。客席で見ていた誰もがゾクッとするものを感じた。


エスメラルダだ。


 真美も微笑んで一瞬ブルっと身震みぶるいするように、そして小さく左右に首を振るような仕草しぐさをして……美織の方に目線を向け微笑んだ。


「また、踊りたくなった。美織さん……ありがとう」

「よかった」

 美織も真美に微笑み返す。

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