第83話 バレエフェスティバル 『エスメラルダ』衣装付きリハーサル
「ねえ、みんな、それじゃあ、また私は踊るから、みんな鏡の前で観ててくれるかな?」
「はーい」「はーい」「はーい」
子供たちは元気よく手をあげて返事をする。そして鏡の前に行儀よく座る。
美織がみんなに笑顔で頷く。
子供たちが鏡の前に移動したのを見て、見学に来ていた先生方、生徒たち、お母さんたちも、美織たちのリハーサルが始まると意識を稽古場に向ける。
美織が北村に合図を送る。
バレエ『エスメラルダ』よりグラン・パ・ド・ドゥ
アントレ・アダージオ
この作品はリカルド・ドリゴ作曲の劇的な音楽が特徴的だ。曲が始まって三十秒近くで二人のダンサーが舞台に登場する。
それまでダンサーは登場せず、誰もいない舞台に印象的な曲だけが流れる。
主役が踊るグラン・パ・ド・ドゥで三十秒間、
この作品のアダージオもいくつかの演出・振付がある。
バレエのリフトでは男性が女性のウエストに手を添えて、自分の肩の上、または両腕を伸ばして頭の上まで持ち上げ、女性は両腕でポーズをとることが多い。
しかし、この作品では男性が女性を脇に抱えるようにするリフトが多い。男性が片腕全体を女性のウエストに回すように持ち上げる。女性も片腕は男性と肩を組むように腕を男性の肩に回すようにするので、女性が男性に片腕で抱えられるように見えるリフトになる。そういうリフトが多いのも特徴的だ。
美織と優一の表現力豊かな踊りに見ている者皆が息を呑むように見入っていた。
アダージオの最後の方で美織が演じるエスメラルダが指を鳴らすような仕草で手首をくるっとまわすようにして、優一演じるフェビュスを自分の方に呼ぶような表現がある。こういう演出も主役の女性の演技としてあまり見られない演出だ。
男性ヴァリエーション
優一が演じるフェビュスのヴァリエーションは比較的基本的なテクニックを組み合わせたようなヴァリエーションである。基本というのは簡単という意味ではない。
あまりアクロバティックな、見たこともないような大技を使わずクラシックバレエの基本的なテクニックで表現する。
細かく難しい技術や正確なポジションがきちんと取られていないとバレエをやっている人から見れば粗が目立ちやすい踊りといえる。そういう意味でごまかしが効かない踊りともいえる。
優一は正確なポジション、美しい所作で踊る。大きなテクニックはそれほどないが踊り終わったあと見ている誰もが心地よい気品あるバレエを見た印象を受ける踊りだ。
男性のヴァリエーションとして『海賊』や『ドン・キホーテ』のような大きなテクニックはないが、客席で見ていた先生や大人、高校生、中学生の女性バレリーナばかりでなく、テクニックに意識がいきがちな小学生や中学生の男子からも大きな拍手が起こった。
女性ヴァリエーション
エスメラルダの踊り。タンバリンの踊りである。コンクールやバレエのガラコンサートなどでも踊られる踊りである。女性のヴァリエーションの中でも華やかに見える踊りの一つといえる。
曲の中でタンバリンという音のする楽器を使って踊るのでタイミングがずれたら、素人目にも、すぐにわかってしまう難しい踊りの一つだ。
美織がゆっくり歩いて出てくる。客席の方を見据える様に正面を見る。
曲が始まると同時にエシャペで立ち右手に持ったタンバリンを叩く。タンという心を突き抜かれるような音と同時に左手は上に、タンバリンを持った右手を客席の方に差し出す。
エシャペで立ったとき少し右に体を
その一瞬に衣装に飾り散りばめられたすべてのコインの飾りがシャンと音を立ててきらめいた。錯覚、まるで美織の体全身から光が放たれたかのような気がした。
客席を飲み込むような美織の目線。吸い込まれるような迫力。
観客席で見ていた県内のバレエ教室の教師たちも、生徒たちも、誰もが息をのみ言葉を失って見入っている。
パッセバランス、百八十度の高さのグラン・バトマン。
この踊りではタンバリンの使い方にも特徴がある。タンバリンをもう一方の何も持ってない手で叩くというより、タンバリンで体のいろいろな部分を叩いて音を鳴らすような使い方をする。
アラベスク(
そのあとピケターンからピルエット。
このあとエスメラルダのヴァリエーション独特のマネージュがある。
右足に左足を集めるシュスという動作でやや体を
エスメラルダは他の女性ヴァリエーションより体を
ピケ・アンデダンからタンバリンを持った右手を体の前に、左手はアンオー(頭の上に上げ)にして、体を反らすようにして軸足でない方の足を後ろに伸ばした状態で足先は床につけて回転する。
この一連の動きを繰り返しながら舞台を回るように踊る。
そして最後は舞台
美織は最後に足を前後百八十度に開いて大きなジャンプをする。ジャンプ中に体を大きく後ろに反らし、両手で持ったタンバリンを頭の上に上げ、後ろに振り上げた足でタンバリンを蹴って鳴らし着地。
そして最後のポーズ。
右足の
そこに居合わせたひしめくほどの人数の観客全員が、しばらく言葉を失い拍手をすることも忘れて呆然と見入っていた。
美織が立ち上がりお辞儀をする。客席にいた全員が思い出したかのように一斉に拍手をする。
コーダ
優一と美織がそれぞれ高度なテクニックを披露する。圧倒されるようなテクニックの数々に皆ただただ言葉を失って見入るばかりだった。
コーダまで終わり稽古場は拍手の渦に包まれた。美織が観客全員に深々とお辞儀をする。優一も隣でお辞儀をする。
◇◇◇◇◇◇
園香はふと真美のことが気になった。この踊りをコンクールのレパートリーとして長年踊ってきた真美の目に今のパ・ド・ドゥがどう見えたのだろう。
「真美、すごかったね」
「ええ。素晴らし過ぎて言葉がないなぁ」
「ずっとこの踊りを踊ってきたんでしょ。真美の目にはどう見えた? たぶん私の目には見えないものが見えてたんじゃないかなって思ったんだけど」
「感慨深いものがあるよ。私は、毎日、毎日、罵声を浴びるような厳しい練習やったもんな。でも、美織さんにとっては、たぶん、たくさんあるレパートリーの一つなんやろうなって……」
「ずっと、この踊りを踊ってきた真美から見ても凄いんだ」
「なに言ってんの。
真美は首を振るようにして言う。
「わたしはエスメラルダを知らなかった。タンバリン叩いて踊ってただけやった……って思った。ジプシーだけどエスメラルダは違う……勘違いしてた、どこにでもいる踊り子ではない……エスメラルダは違うんや……って、あの瞬間教えてもらった気がする。だから、もう一度踊りたいって思った。あの人から……美織さんから私も学びたいって思ったの」
園香の方に目を向ける真美。園香も何だか嬉しくなった。
「頑張ろうね」
「ありがとう」
――――――
〇エシャペ
五番プリエから両足を肩幅に開いてポワント(つま先)で立つ。
――――――
〇パッセ(ルティレ)
右足軸で爪先立ち、左足は
――――――
〇パッセバランス
パッセでバランスを取る。
――――――
〇バトマン
――――――
〇グラン・バトマン
――――――
〇マネージュ
舞台で円を描く様にターンやジャンプのテクニックを見せる。
――――――
〇ピケ・アンデダン、ピケ・アンデオール
ピケは右足軸の場合、左足をプリエ(
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