第99話 青山青葉バレエ団 レッスン(一)

 次の朝、園香そのかと真美は瑞希みずき恵人けいとと一緒に四人でバレエ団の稽古場に向かう。朝の十時からレッスンが始まるというので八時過ぎには家を出る。

 まだ、東京の電車に慣れない園香と真美。この時間はかなり電車が混んでいる。表参道の駅で電車を降りると瑞希は行き交うサラリーマンやOL、学生らしい人が入り乱れる中をすり抜ける様に足早あしばやに歩いて行く。必死についていく園香と真美。

 恵人が微笑みながら、

「そんなに慌てなくても間に合うよ」

と言ってくれた。駅を出てバレエ団に向かう。バレエ団の建物を目にした瞬間、真美が呆然と呟いた。


「ここ、なんなん……これが青山青葉あおやまあおばバレエ団なん?」

 白い学校の校舎のような大きな建物に驚く。


 入口の美しい扉の上に、小さな金色の文字で、


青山青葉あおやまあおばバレエ団 青山青葉あおやまあおばバレエ学校』


と書かれてあるのを見て、真美がもう一度、大きくため息をつくように、

「すごいな。私が今まで踊ったことのあるホールよりでかいんちゃうん」

「本当だよね」

 園香も微笑みながら頷く。


 入口を入ると「おはようございます」という数人の元気な声が響いた。今日は平日だ。バレエ団の団員たちなのだろうか。園香や真美と同じくらいの年に見えた。

「おはようございます」

 園香と真美も挨拶を返す。

「ここ、いくつ稽古場あるん?」

「なんか、いっぱいあるみたい」

 園香は昨日、瑞希に教えてもらったように隣に見える建物を指差して、

「あっちもバレエ団の建物なんだって」


「ええ!」

 一瞬、両手を上に上げて、足をすべらせコケるような仕草をして驚く真美。


 女性で、この驚き方が自然にできるのはさすがだと思った。この真美のリアクションに驚く園香を見て、後ろで二人を見ていた恵人が噴き出すように笑う。


 二階でも掃除をしている女性が挨拶をしてくる。

 三階……昨日の稽古場。中に入ると、新人の団員らしい子が数人掃除をしていた。

 レッスン着に着替え瑞希も掃除の道具を手にして手伝う。園香と真美もそれにならった。


 手伝おうとする瑞希を見て慌てて

「瑞希さん、やめてください」

と止める新人団員。

 構わず瑞希は手伝いながら気さくに、その子たちに話しかける。ここのプリンシパルでもある瑞希のことを新人とはいえ、ここの団員が知らないはずがない。

 最初は緊張していた様子だったが、しばらくして和やかに話し始めた。こういうところが瑞希のいいところだと思った。

 掃除が終わりストレッチを始める。掃除をしていた子たちは入り口で一礼して下の階に下りていった。そうだ、ここはプリンシパルたちの稽古場なのだ。


「ねえ、そのちゃん。私たちここでお稽古していいの?」

 真美も稽古場を眺めながら、何かこの稽古場の異様さに気が付いたようだ。

 昨日周りで見ていたバレエ教師たちは、まだ、誰も来ていなかった。


 扉が開き、すみれが入って来た。黒のキャップ帽にサングラス。白のTシャツにジーンズ。肩にバッグを掛けている。

 園香は思った。これもよく瑞希が花村バレエの稽古場に来るときのスタイルだ。

「おはようございます」

 瑞希が立ちあがって挨拶する。園香と真美もそれにならった。

「おはようございます」「おはようございます」

真美は一瞬でそれが誰か分かったようだ。


「おはよ。えらいじゃない早くから」


 三人の前で足を止めて横目で流すように真美を見るすみれ。真美の緊張が園香にも伝わった。

 すみれは何も言わずに微笑み更衣室に入って行った。


 その後は昨日と同じ錚々そうそうたるメンバーがやって来た。美織みおりと優一もやってくる。

「こんなに早く真美ちゃんと一緒にレッスンを受けれると思ってなかったわ」

美織みおりが微笑む。


 昨日、瑞希が真美のことを美織に連絡していたのだ。今思えば、先程のすみれのリアクションは、おそらく、美織からすみれにも連絡がいっていたのだろうと思えた。

 優一も微笑みながら真美に声を掛ける。真美も少し安心したようだった。青葉と真理子、あやめもやって来た。

「え! 花村真理子先生?」

意味がわからないという表情で驚く真美。


 ピアノの桐原という女性が入ってきてレッスンが始まった。

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