第98話 青山青葉バレエ団 思わぬ訪問者

 すみれが帰ったあと、園香そのか瑞希みずきと一緒にバーレッスンまで通した。

 何か不思議な感覚を覚える。瑞希と一緒にバーをするのが、まるで友達と一緒に自主練習をしているような感覚に陥る。

 すみれ、美織みおり古都こと、そして外国の錚々そうそうたるプリンシパル……そんなすごいダンサーに周りを囲まれ、なにか瑞希に対して友達のような感覚を持ってしまう。

 しかし、考えてみれば、この数か月前からの出会いがなければ、河合瑞希かわいみずきなどというバレリーナは雲の上の人で、どんな伝手つてを使っても自分が辿り付ける人ではなかった。

 雑誌の中でしか見たことがない人、テレビの画面でしか踊りが見れない人……名門バレエ団のプリンシパルで、もし、どこかで見たとしても、声を掛けることもできず、遠くから眺めて、知り合いと「あれ、河合瑞希じゃない?」などと話す……

そんな別世界のバレリーナだった人だ。

 そんな彼女が、今では、なんでも話せる、ほんの少し年上のお姉さんのような存在になっている。人の出会いとはわからないものだ。

 少なくとも、今、ここでは一番気軽に話せる人だ。


 園香たちがバーをしている間、稽古場では、まだ、古都がオデットやオディールの振りを確認していた。それをルエルがそばで見ながら、要所、要所、何か話しながら調整していた。

 恵人けいとも優一とディディエにチェックしてもらいながらジークフリートの踊りを確認していく。

 ラクロワとロレンスがげんとロットバルトの演技について何か話している。

ロレンスがロットバルトの演技をして見せる。笑いながらラクロワが別の表現をして見せ、近くにいたとおるげんも手を叩いて笑っていた。

 なんだかわからないが楽しそうだ。


 園香がバーをしているとルエルがやって来た。ドキッとした。ルエルは園香の前でバーをしていた瑞希に何か一言二言話して微笑む。


 そして、園香の方に振り返り、頷く様な仕草をして微笑んだ。そして、何か一言話しかけて微笑みながら歩いて行った。


「瑞希さん、瑞希さん」

「ん?」

「今、なんて言ったんですか?」

「ああ、明日、金平糖、楽しみにしてるって」

「ええ? そんなこと言ったんですか?」

 園香に緊張が走った。


 バーレッスンを終わらせて、しばらくして稽古場でいろいろな話をした後、青葉あおばと真理子のところに行く。

 青葉から「また明日ここの稽古場に来なさい。十時からやっているから」と言われ、バレエ団の人たちに挨拶をして帰ることにした。

 帰り際、瑞希が恵人に「先帰っとく」と話しかけ稽古場を後にした。


◇◇◇◇◇◇


 瑞希の家に帰ると、思わぬ連絡が瑞希の家に入っていた。瑞希の母から、鹿島かしまさんという女性から電話があったという。電話番号を伝えられ、そこに電話して欲しいということだった。


 園香が急いで電話をしてみると、都内のホテルの受付につながった。理由がわからず、鹿島真美かしままみという女性から伝言があって電話をしたと伝えると、真美が電話に出た。

 話によると東京で会うはずだった友人が急に家の事情で実家に帰ってしまい、路頭ろとうに迷っているという。

 一緒に瑞希の家に泊めてもらえないかという話だった。

 これには驚いたが瑞希もすぐに了承してくれて、その夜、真美が合流することになった。

 そんな事情があって、その日からバレエフェスティバルの日まで、真美も最初の予定がすべてなくなり、園香と一緒に瑞希の家に泊まることになった。


 下北沢駅まで来た真美を、瑞希と二人で迎えに行った。

 瑞希の家に着いたとき、彼女の実家がバレエ教室だったということには、さすがに真美も驚きが隠せなかった。


◇◇◇◇◇◇


 その後、ほどなくして恵人がリハーサルを終えて帰ってきた。

 驚いたのは恵人だった。園香が泊まりに来ているのは知っていたが、もう一人、その友達である真美が来ていたことに戸惑ったようだ。

 真美と恵人はコンクール会場で何度も顔を合わせたことがあり、最初は何か微妙な感じだった。しかし、すぐに打ち解けて会話が弾んだ。

 そして、真美も一緒に、次の日から青山青葉バレエ団のレッスンに参加することになった。

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