第275話 唯と真由がバレエを始めた頃

 真美が振り返るように園香そのかに聞く。

「そういえば、ゆいちゃんと真由ちゃんも出てたん? 公演とか、発表会とか」

「ああ、唯ちゃんと真由ちゃんは二人とも公演の時は、まだ、教室に入会してなかったの。唯ちゃんがこの前の公演の後すぐに入って来て、それに続いて真由ちゃんが入って来たの。真由ちゃんはお姉ちゃん二人がいたから、すぐに稽古場に慣れたみたい。先生たちからも佐和ちゃんと理央りおちゃんの妹の真由ちゃんって紹介されて、皆から声を掛けてもらったりして、でも、唯ちゃんはしばらく慣れなくて緊張してたみたい」

 園香が思い出すように言う。

「へえ、そうなんや。なんか私が来た時には、もう既に唯ちゃんここのアイドルみたいな感じやったから、なんか一番小さくて可愛くて、ずっと前からここにいて、あんな感じかと思てたけど、よう考えたら三歳やもんな、一年も二年も前からおるわけないわな。入って間もないんやなあ」


「唯ちゃんと真由ちゃん、発表会では童謡で踊ってたの。二人とも発表会では楽しそうに踊っていたのよ。真由ちゃんはすっかり稽古場に慣れたようだったけど、その後、ピアノの練習なんかで休み始めたの。唯ちゃんの方は、その後、普段のお稽古では大人しい感じで、少し教室に馴染めてないような感じだったんです。美織みおりさんや瑞希みずきさんたちが来て、初めて美織さんの踊りを見たとき『お姫さま』って、あれをきっかけに、すごくバレエが好きになったみたい。本当に急に変わったんですよ。唯ちゃん。まるで自分の居場所を見つけたみたいに、急に生き生きとした元気な唯ちゃんになったんです」

「へえ、そうなんだ。私も来た時、唯ちゃんって、最初から元気で人懐ひとなつっこい感じだと思ってた」

 瑞希が驚いたような表情をした。

「そうね。私もそう思ってたわ。踊りは小さいのに、きちんと丁寧に踊る子だなと思ってたの。でも、確かに東京の青山青葉あおやまあおばバレエ学校でも最初少し馴染なじめないような感じだったわね」

 呟くように言う美織に、園香が言葉を添えて言う。

「美織さんがジゴーニュおばさんしてくれるようになって急に踊りが変ったんです。信じられないくらい。美織さんの指導の素晴らしさも、もちろんですけど、あの『キャンディ』を踊る子たちの中で、唯ちゃんだけがずば抜けて上達したんです」


「そこから『キャンディ』を、あのレベルで踊れるようになる唯ちゃんって、すごいわね『キャンディ』と『エスメラルダ』も……まだ、バレエを始めて一年経ってないなんて驚きね」

 すみれが美織の方に視線を向け微笑みながら言う。


 園香はもう一度思い返してみた。唯は、一年前には、まだ、ここの教室に来ていなかった。昨日、すみれのバレエ歴を聞いて驚いたが、唯はどうだろう……ここに来始めて一年足らず、そう思うと唯の才能、可能性には驚異的だと思えた。


◇◇◇◇◇◇


 そんな話をしていると、恵人けいと古都ことたち青山青葉あおやまあおばバレエ団の面々。そして、由奈ゆな信也しんや、玲子がやって来た。まだ、練習が始まる時間までかなり時間があるが、ゆいや佐和たち三姉妹もやって来た。来ているメンバーでストレッチとバーレッスンを一通り済ませた。唯と真由も見様見真似みようみまねで一緒にバーをする。

 すみれと美織が、先程まで話していた唯と真由を見て微笑む。


 園香そのか恵人けいと古都ことに見てもらいながら、金平糖の精と王子のグラン・パ・ド・ドゥを通した。その後、続けて園香、由奈ゆな、恵人の三人で『冬の松林の場』を通す。


 すみれに見てもらいながら、佐和、玲子、しずかの三人が『あし笛の踊り』を通す。その隣で美織が見ながら唯と真由、理央りお、信也、のぞみ寿恵としえで一幕の客人の踊りを確認する。


◇◇◇◇◇◇


 そんなことをしているうちに、生徒たちが全員そろう。全員そろったところで、もう一度、バーレッスンをする。

 とおるが今日は昨日注意したところ、気になったところを重点的に練習するということで、第一幕から第二幕の終わりまで通して一つ一つ見直す稽古となった。個別の踊りになると、それ以外のダンサーは手際よく青山青葉あおやまあおばバレエ団のダンサーが手分けして、生徒たちを振り分け全員に細やかな指導をしていく。


 あちらこちらで様々な振りを練習する形になるが、まったく無駄なく全員が集中した練習をすることができている。こういうところでも、さすが伝統ある名門バレエ団という感じだ。出演者全員がバラバラに違う練習をしているのに遊んでいる生徒、つまりリハーサル中に練習メニューが与えられず人の踊りを見ているだけの生徒、休憩している状態の生徒が一人もいない。全員が誰かに見てもらいながら何かの練習をしている。

 何の踊りをどういう風に練習させるか、きちんと組み立てられている。

 これには園香も花村バレエのバレエ教師である北村、秋山も驚かされた。午前中だけでほとんど全ての踊りを個別に通した。

 昼には今回の九月のリハーサルを終えた。

 真理子、青葉あおばとおるから次のリハーサルの予定が告げられた。十月の最終週で、花村バレエの参加する文化イベントの次の週ということになる。


◇◇◇◇◇◇


 九月のリハーサルが終わり、花村バレエのスタッフ、美織、優一、すみれ、瑞希と園香、真美も一緒に空港までゲストダンサーを送る。タクシーも数台呼んで空港まで送る。

 真美は古都ことのぞみしずかを送る。瑞希が二人の彩と寿恵を送る。それぞれ、誰かの車に乗って空港に向かうことになった。

 唯と唯のお母さん、佐和たち姉妹とお母さんも空港まで見送りに行くと言う。

 周りが気を遣ってくれたのか、園香は恵人を送ることになった。

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