第276話 空港までの見送り 園香の車の中で

 数台の車に分かれて空港まで向かう。市内から空港までの時間は三十分というところだ。園香そのか恵人けいとを送ることになった。

 恵人はキャリーバッグを一つ持っているだけだ。園香は改めて、意外に荷物が少ないと思い聞いてみると、今回の『くるみ割り人形』の衣装とレッスンで使う稽古着やタオル、ちょっとした旅行グッズを入れているだけだと言う。ゲストダンサーとしていろいろなバレエ教室に行くのは慣れているという感じだ。恵人の荷物を車のトランクに乗せて出発する。

 これだけ一緒に踊っていても、こういうシチュエーションになると緊張する。


「ありがとう。運転してもらって」

「いいよ。いいよ」

「きれいな車だね」

「ありがとう。まだ、免許取ったばかりなんだけど……あ、大丈夫、大丈夫。安全第一運転だから」

「なんで『大丈夫』って二回言うの」

 恵人が微笑む。


 車のスピーカーからバレエ『くるみ割り人形』の音楽が流れる。

「園香ちゃん、普段、車を運転してるときも『くるみ割り人形』聞いてるの?」

「え、他にも聞くよ『白鳥の湖』とか『コッペリア』とか、最近『バヤデルカ』の全幕のCD買ったんだ……」

「あ、それ僕も買ったよ。でも本当にバレエの曲ばかりだね」

 恵人が笑いながら言う。

「あ、他にも聞くよ。他にも、いろいろ」

 なぜか慌てるように言う園香。恵人が微笑みながら言う。

美織みおりさんや、すみれさんと一緒だね。あの人たちもクラシック音楽ばかりだ。あの二人、同じ『白鳥の湖』だけでも何枚もCD持ってるよ。演奏してるオーケストラが違うやつとか」

「そうなんだ。でも、私も同じ作品、数枚持ってるのとかあるよ『コッペリア』とかいっぱいあるの」

「いいね『コッペリア』は僕も大好きだよ。レオ・ドリーブだね『シルヴィア』も入ってたりするでしょ」

「恵人君は何を聞くの?」

「そうだね『ドンキ』とか、やっぱりバレエの曲が多いかな」

「同じじゃない」

 園香が笑う。


「でも、瑞希みずきちゃんはラヴェルとかドビュッシーなんかもすごく好きみたい。なんていうか『白鳥』とか『眠り』とか『くるみ』みたいな純クラシックバレエの曲だけじゃなくて、普段から結構いろんな曲聴いてるんだよね」

 恵人が呟くように言う言葉に、園香がハッと思い出したように言う。

「そういえば、コンテンポラリーの曲……瑞希さんコンテンポラリーの練習、なんか、すごい曲で踊ってた」

「ああ、モーリス・ラヴェルの『ラ・ヴァルス』でしょ。あれはねえ、聴くほどにすごい曲だよ。なんか、聴けば聴くほど、どんどん惹きこまれていくんだよ」


「あれ、誰かが踊ってたの?」

「うん、すみれさんがね。世界的に有名な振付家の振りもあるけど、すみれさんのは別の振付家さんの振り付けで、瑞希ちゃんが踊ってるのは、すみれさんが踊ってたやつだよ」

「ふうん。やっぱりすごいんですね。すみれさん」

園香の言葉に頷く恵人。

「瑞希ちゃんが踊ってるんだから、いずれ見れると思うよ。すみれさんが『ラ・ヴァルス』で踊るところ。あの踊り、すみれさんが踊るとすごいから」


 園香も今まで何度かすみれの踊りを見てきて、あの曲で、あの振りを、すみれが踊ったら、さぞすごいのだろうと想像が付く。

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