第116話 究極 白鳥の湖(第二幕)コール・ド・バレエ(群舞)

 一階 大教室

 ここはこのバレエ団に訪れた時、最初に目に入る稽古場だ。園香そのかたちも初めてここに来たとき、この稽古場で練習しているダンサーたちを最初に見た。学校の体育館ほどあると思われる広い稽古場だ。

 園香と真美、ゆいと唯のお母さんも、美織みおりと優一について稽古場に行く。そこはいつも扉が開かれ外からも見えていた。しかし四人とも中に入るのは初めてだった。入ってみると外から見た感じより、ずっと広く、天井も高く感じた。

 衣装を身に付けたコールド(群舞)のダンサーたちが綺麗に並んで踊っている。教室の正面、鏡の前に立って指導しているのは瑞希みずきだった。バレエ教師やソリストのダンサーが周りを囲むように壁際に立って見ている。


 バレエ『白鳥の湖』第二幕。森の湖の場。

 まさに、この作品のタイトルの場である。ここで誰もが聴いたことのある『白鳥の湖』の曲が流れ、誰もが見たことのある白鳥の衣装を着たバレリーナたちが登場する。

 第一幕の賑やかな城の広間から一転し、何もない舞台に青い照明だけという舞台に、誰もが耳にしたことのある、あの『白鳥の湖』の曲が流れる瞬間は鳥肌が立つような神聖なものを感じる。


 その中で二十四人のダンサーが登場し、美しいフォーメーションを取りながら踊るコール・ド・バレエ(群舞)は圧巻である。


 小さい頃からバレエをしている園香や真美にとっては何度も見たことのある場面だが、コールド(群舞)の美しさに定評のあるこのバレエ団の群舞は踊っても静止しても、美しく寸分のくるいもなく圧倒される。


 二十四人のバレリーナたちは様々なフォーメーションを取りながら踊り、踊り終わった後、十八人のダンサーが舞台の中央に、九人ずつ縦二列に綺麗に列を成して並びポーズを取る……

 そこへ、さらに八人のダンサーが湖に舞い降りるように正面から見て右側の列の前に斜めに並ぶ。

 そして二列に並んだダンサーたちの後ろから、その列の間を通り抜ける様に主役のオデットが登場する。


 右足を軸に左足は軽くひざを曲げ後ろに……左手は体に沿わすように下におろしウエストの辺りでひじを軽く曲げる。右手は顔に沿わすようにやわらかく上にあげる。そして顔を右脇の方に軽く向ける。ダンサー全員が顔をやや右下に向けたポーズを取る。


 園香は美しいと思った。園香だけでなく真美や小さな唯も、唯のお母さんも、その光景に目を奪われ言葉を失った。


 次の瞬間、四人は、さらに驚く光景を目にした。


 二十六人のダンサーは最後のポーズのまま、全員が右斜め下に向いたポーズで、誰一人、稽古場の正面にいる瑞希の方を向いていない。


 鏡の前に立っている瑞希が、その場に立ったまま黙って微動もせず、顔の向きさえも変えずに、二十六人いるバレリーナの一人に目線を送る。

 目線を向けられたバレリーナが、ほんの数ミリ、つま先の向きを変える。

 瑞希はまったく動く素振りも見せず。右の列の前から三番目に立っているダンサーに目線を向ける。

 そのダンサーは上にあげている右腕のひじをほんの少し緩めた。

 瑞希が左の列の後ろから二番目のダンサーに目線を向ける。すると、そのダンサーが少し顔の向きを変えた。


 瑞希が静かに頷き一言、

「休憩」

 という。全員が瑞希に一礼をして休憩に入った。


 バレエ教師の一人が、

「五分後に第二幕通します」

 と声を掛ける。


 何だったんだろう。今のコールド(群舞)の稽古は……

 園香と真美、小さな唯も、唯のお母さんも驚いた表情で顔を見合わせた。

 普段、花村バレエの稽古で先生たちからよく言われていた「周りの人を感じながら踊りなさい」という言葉の究極の姿を見た気がした。


「瑞希先生」

 唯が微笑みながら瑞希に声を掛ける。唯の言葉に、瑞希が近づいて来て唯の頭を撫でる。嬉しそうに微笑む唯。

 そこへ青葉あおばとおる、すみれもやって来た。海外のプリンシパルたちもやって来て鏡の前に並ぶ。


『白鳥の湖』第二幕の通し練習が始まる。

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