第115話 青山青葉バレエ団 キャンディの衣装

「それじゃあ、次はゆいちゃんのキャンディの衣装ね」

 由香が微笑みながら、先程の女性に代わって部屋を案内してくれた。

 スペイン、アラビア、中国、トレパック、あし笛……『くるみ割り人形』第二幕の衣装がほとんど完成している状態だった。第一幕の衣装も並べられていた。

「今度の『くるみ』は、全部、私が手掛けているの」

 驚いて顔を見合わせる園香そのかと真美。美織みおりが園香たちに言う。

「由香さんは、今、ここの青山青葉あおやまあおばバレエの衣装スタッフで一番すごい人なのよ。今回のここの『白鳥』も、全部、由香さんが手掛けているの」

 衣装の副監督と聞いていた。それを察するかのように、美織が言葉を添える、

「衣装は三原さんって方が監督だけど、もう何年も一線は退いて、今はすべて由香さんが、このバレエ団の衣装を仕切ってるの」

「仕切ってるなんて」

「私とか瑞希みずきが舞台で着る衣装はずっと由香さんの衣装だったじゃないですか」

「そういえば、そうね。美織と瑞希はソリストになった頃から、ずっと私ね」


 歩いて行った先に可愛らしいチュチュが飾ってあった。それは本当に『おとぎの国』の衣装のようだった。

 ベースは白を基調とした衣装だが、薄いピンクと金色の宝石を散りばめたようなデザインだった。

 スカートは薄いピンクと薄い水色のチュールを重ね、美しく、不思議なグラデーションを成している。スカートの飾りも小さな金色の飾りと赤や黄色、青、緑と様々な色のビーズで美しく飾られている。たくさんの色彩に彩られながら上品で、まったく派手という感じではない。

 園香はこの衣装を見て、改めて、そのセンスに驚愕した。

 小さな子の衣装として、ただかわいいだけの衣装ではない。

 三歳、四歳の子が着る衣装に品格が漂う。

 これが由香の衣装なんだ……と息を呑んだ。

 今まで『綺麗なもの』や『可愛らしいもの』を見ると、すぐに「お姫様」「かわいい」と自分の思ったことを口にする唯だったが、その小さな唯さえも、この衣装の前で言葉を失い見入ってしまった。


 由香が唯に言う。

「これお姉さんが唯ちゃんのために作ったのよ。着てくれる?」


 衣装を着て先程のティアラをつける。

 唯が周りの皆の方に微笑む。

「キャンディのお姫様」

 嬉しそうに言う唯。

「うん。とってもかわいいよ」

 美織が唯に微笑む。

 衣装のスタッフの一人が由香のところに来て、

「写真撮っときますか?」

 と聞く。頷く由香。

 由香が唯のお母さんに、

「お母さん、写真撮ってあげて頂いてもいいですよ。もしかしたら、まだ手直しするかもしれませんが……」

 唯のお母さんが涙ぐみながら写真を撮る。


 そこへ真理子と青葉あおば、あやめがやって来た。

「唯ちゃん、かわいいわね。お姫様みたいよ」

 と青葉が微笑む。

 真理子は唯の周りをぐるっと回る様に見て、由香に微笑み。

「素晴らしいわ」

 と言った。

「私たちも、先程、別の方に全部の衣装見せて頂いたけど……さすが青山青葉あおやまあおばバレエ団の衣装を仕切っている方ね」

「いえ、そんな……近々、全部を完成させて花村バレエの皆さんに着て頂く様にします。もう少しお待ちください」

「まだ、時間はあるわ。あなた本当にすごい方ね」


 園香たちは衣装スタッフの人たちにお礼を言って一階の大教室に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る